TKCタックスフォーラム

TKC TAX FORUM
 
 


 
税理士の職務とリーガルマインド
−要件事実論の実務への展開−
TKC関東信越会

はじめに
 
 はじめに憲法について次のことを確認する。
日本国憲法(以下「憲法」という。)は日本国家を規律する最高法規である。すなわち、憲法は、国民のために、国家権力から、国民の権利・自由を守るためにある 。

 憲法第11条は「国民はすべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として現在及び将来の国民に与へられる。」と定め、国民主権を明確に規定している。
 
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 そのうえで、憲法第14条は「すべての国民は、法の下に平等であって、人権、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」と定めて、この法の下の平等規定を根拠に租税公平主義を租税法の基本原則としている 。憲法第30条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う。」 として国家による国民の財産権の侵害 を認める規定を置き、憲法第84条において「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定し、「租税法律主義の原則」 を宣言している。租税法律主義は、国家と国民の租税をめぐる租税法律関係は法律の定めによってのみ発生・変更・消滅することを要求している 。
 

 本稿では、租税法における憲法原理として「租税公平主義」、「租税法律主義」及び「国民主権主義的租税観」を検討の視点として以下の章で検討を進める。

 本稿では「税理士の職務とリーガルマインド」というテーマを選定し、概念的な議論から、最終的には、税理士業務の実務的な考察をおこない、特に実務の現場において、巡回監査(月次巡回監査・決算監査)・書面添付制度の添付書面作成上有益となる研究を行うことを目的とする。この研究内容は、行政権に属する意見聴取・事前通知・税務調査、司法権に属する税務訴訟などの場においても有効であると考える。

 租税正義の実現と税理士の職務について増田英敏教授は、「税理士の職務は租税正義の実現にある。税理士は租税法を適正に解釈・適用する税法の専門家である。租税法が租税正義の実現を目的とする崇高な法であると位置づけると、税理士は租税正義の実現を担う専門家として国民の幸福に貢献する職業専門家としての地位と誇りを獲得する。税理士は租税正義を担う法律家である。」 と述べられている。

 法律の専門家としての租税正義の実現を図るために有用な理論は要件事実論であると昨年のタックスフォーラムにおける伊藤滋夫博士の講演を拝聴して確認した。要件事実論は、本質的には「裁判官による法的判断の構造」を分析する理論である。具体的には税務訴訟において裁判官がどのように法的判断を下したかを理解することになる。この「法的判断の構造」を理解することで、税務実務の現場においてこの法的判断の構造の理解を拠り所として常に的確な判断ができるようになることが期待できる。

 本稿考察の究極的な目的は、租税法を「法として人間の幸福追求のために存在する」との基本理念の確認のもと 、税理士の職務における、法律を筋道立てて柔軟にかつ的確に判断する能力、即ち「リーガルマインド」の向上を目指すものである。具体的には税理士の法的防衛能力の向上に資することにより、納税者と国家に生じる紛争を未然に予防することを第一義の問題として捉え、税理士の業務品質向上を切に願うものである。


おわりに

 飯塚毅博士は大正7年(1918年)7月、栃木県鹿沼市に生誕された。本年、平成30年(2018年)は飯塚博士生誕100年にあたる。飯塚博士は、昭和41年(1966年)10月、宇都宮市に会計事務所と地方公共団体を専門とするコンピュータセンターである株式会社栃木計算センター(現、株式会社TKC)を設立し、その5年後の昭和46年(1971年)にTKCの創業目的である「会計事務所の職域防衛と運命打開」をさらに推進するための「TKC全国会」を結成した 。TKC全国会の設立理念は次のようにうたわれている。

「租税正義の実現を祈念し、自利利他の聖行の実践を願い、国と社会と働く者とに対し正しい使命感を抱く会計人のみの参加を求め、かかる参加会計人の全国的一大集団を形成して驀進(ばくしん)し、古今未曾有の一大勢力を構築する以外にその目的達成の道はないとの結論に達し、ここにTKC全国会を結成した」(「TKC全国会会則前文」昭和48年(1973年)3月24日)。

 飯塚博士は昭和21年(1946年)4月に飯塚毅会計事務所を開業し、欧米各国の税法・会計学等を深く研究する中で、企業に出向いて、会計記録をチェックし、会計記録の正確性等を確認・指導する「巡回監査」の手法を確立した。さらにチェックリスト活用の意義を知り、業務管理文書(マニュアル)群を定め、業務品質の標準化と職員教育に努めた。多くの会計事務所が、起票代行から税務申告書作成まで「丸抱え」だった時代に、巡回監査を基本に据えたその業務品質は時代の先端をいくものであった。また、書面添付の基礎となる「基本約定書」、「書類範囲証明書」、「棚卸資産証明書」「負債証明書」、「源泉所得税確認表」などの書類群も開発されていた。

 若くして見性を許された禅哲学の実践者であり、その真髄「自利トハ利他ヲイフ」の哲理を実践し、後進会計人など多くの人々を導いた。英・独語に堪能な比較税法研究家であり、日独比較税法の研究『正規の簿記の諸原則』が『会計』の連載を経て、昭和58年(1983年)森山書店から出版された。昭和59年(1984年)5月、日本会計研究学会の太田賞を受賞し、昭和63年(1988年)に「日独法制における『正規の簿記の諸原則』研究」で中央大学から法学博士号を与えられた。「法理的見識から帳簿の証拠価値の問題を徹底的に論じた」この論文に対して、黒澤清博士は「わが国の商法および税法が改正されるにあたって、立法指導的役割を持ちえる文献として参照されるべきもの」と高く評価した。

 平成9年(1997年)、TKC全国会会長職を松沢智教授に託し名誉会長に就任し、平成16年(2004年)11月23日自宅にて永眠、租税正義に捧げた86年の生涯をとじた 。

 我が国において昭和24年(1949年)以前に、税務会計における「巡回監査」の概念及びその手法は存在せず、飯塚博士が初めて開発し、実践断行したものであると考えられる 。制度上においては、計理士法が昭和2年(1927年)2月に制定され昭和23年(1948年)8月に廃止、これに代わり昭和23年7月から公認会計士法が制定された。また昭和17年(1942年)にいわゆる「悪徳税務コンサルタント」を規制するための税務代理士制度が制定されその後同法は廃止され昭和26年(1951年)6月に税理士法となり、国家資格たる「税理士」が誕生し、今日に至っている 。昭和24年(1949年)に日本税務代理士連合会の税務代理士法改正要綱案で主張された「税務監査」制度化の要望を引き継ぐ形で、昭和28年(1953年)日本税理士会連合会が税理士法改正要望書において「税務書類の監査証明」を税理士業務に加える要望をしたが、当時の大蔵省主税局は税務監査の必要性を認めず、日本公認会計士協会もその制度に反対したため、代替案として「書面添付制度」が創設された。紆余曲折を経て昭和31年(1956年)「税務計算書類の監査証明制度」は名称とその内容を大幅に変更し「書面添付制度」として制度化された 。

 「巡回監査」が発案・開発され約70余年が経過し、「書面添付制度」が制度化され約60余年を経過しようとしているが、現時点においても、税理士法には税理士法第45条(脱税相談等をした場合の懲戒)の規定があるだけで、正面から「巡回監査」実施義務に関する規定は追加修正されていない。現行の税理士法は、国が税理士等を規制することを主な趣旨とする制度であるがために、残念ながら積極的に税理士業務の品質向上に資するものにはなっていない。また、これをうけて財務省設置法第19条においては「国税庁の任務」の一つに「税理士業務の適正な運営と確保を図ること」が定められ、国税庁が「税理士等に対する適正な指導監督」を行うこととなっているのである。

 一方、わが国の納税環境としては、税理士の主な関与先は中小零細企業等若しくは個人であり、税理士に要請される業務は、依然として会計帳簿の記帳代行から税務書類の作成・税務代理がその60%以上を占める状況である 。税理士が関与した税務申告における税理士法第33条の2の添付書面の添付割合はいまだ20%に遠く及ばず低迷を続けている状況である 。同法の書面添付制度は税理士のみに認められた「権利」でありながら、なぜか任意規定であり、また、適正な「巡回監査」を実施しなかったことによる直接的な罰則規定も設けていないことが一因と考えられる。しかしながら、税務会計関連法規 、および判例等では税理士に対して「忠実義務」 、「高度注意義務」 「誠実義務」 があるとして、間接的に巡回監査を要請していることは明らかなことである。このような状況の下で本稿では「巡回監査」、「書面添付」を主題とし、これらに対し法的視点から理論的考察を行い今後の実務に有益なあるべき方向性を模索した。本稿により以下のことを確認した。

第1章「租税法に要件事実論を展開する意義−租税法と私法」
 租税正義の理念が、租税法を正しく解釈し、適正な事実認定を確立し、その認定された事実を法に当てはめる際の恣意性の介入を排除するための防波堤になる。租税判例を要件事実論の視点から学ぶことにより、租税正義を実現し、納税者の権利の保護にもつながる。裁判官は、争いのある事実を証拠で認定し、その認定した事実に法律を適用して結論を判決という形で言い渡す。要件事実の存在についての判断を組み合わせることによって裁判の結論を出している。しかし、この要件事実の存在についての判断をどうするか、その存在について争いのある場合に問題となる。要件事実論によって、適正に主張立証活動の対象事実が定まるが、現実には直接証拠(主要な事実)によって認定できる場合だけでなく、その間接事実(間接証拠)を積み上げが必要となる。事例を検討して、改めて「事実」の構成、捉え方の重要性を確認した。

第2章「税理士の職務と要件事実論の有用性」
 法律に関する三段論法であるリーガルマインドは税理士として、租税に関する法律家として必須のスキルであり、要件事実論は、リーガルマインド向上のための税法解釈の精緻化に資する考え方である。その考え方を、判例の研究を通して習得し、日々の巡回監査や書面添付、税務相談、そして税務調査対応などの実務を通してその法的判断力の向上に努め、紛争をあらかじめ予防できる事務所体制を構築していくべきであることを確認した。

第3章「税務調査と要件事実論」
 グレーゾーンや不確定概念に対して、税務調査の段階で税理士が情報を収集し、税法や過去の判例等にあてはめ、課税要件事実を認定して準備をしておくことが重要である。福岡地裁の裁判例の件では、税務調査の段階で「萬有製薬事件」で立てられた交際費の課税要件を踏まえた上で、交際費と福利厚生費の区別についての検証がなされるべきであったと考える。これは、巡回監査の場面においても同様のことが言える。すなわち、巡回監査において要件事実論の展開が必要であるということである。会計及び税務に関する監査を行う際に、税法に定める課税要件を満たしているか、そのあてはめにグレーゾーンや不確定概念の要素が存在する場合に、過去の判例等を検証し、その判例等から導き出された課税要件事実をもとに、該当性を認定する作業を行うことができれば、書面添付を通して申告の段階で税務調査、訴訟という後々の紛争を回避することにつながる。要件事実論の重要性は、常に「物事の本質はなにか」に着目し、原則・例外の区分を明確に意識しながら、具体的な事実のレベルで、多様な具体的事実が具体的な問題の場において、どのような具体的意味(機能)をもつか(ある法律効果を生ずるためには、何が具体的に必要かつ十分な事実か)、各具体的事実のもつ意味(機能)がどのように相互に関係しあっているかなどを考えることにある。どのような問題を考える際にもこの点を常に念頭に置くべきである。税務調査の場面で税理士に必要なのは、要件事実論の考え方を念頭においた対応である。この要件事実論をバックボーンとして足腰を鍛えることで、税務調査に耐え得るリーガルマインドが磨かれるのでる。このことは、申告納税制度を礎とした租税正義の実現につながることを確認した。

第4章「税務訴訟における要件事実論」
 要件事実とは言葉の通り、(法律)要件として評価すべき事実をいう。それに対して課税要件事実とは(租税法の)課税要件として評価すべき事実をいう。要件事実は租税法を含み広い意味で用いられており、課税要件事実を内包するものと考えられる。一般的な経済事象は常に、まず私法によって律せられている。所得税法や法人税法などの租税法はその規律の範囲で機能している。要件事実論の思考は交際費など多くの租税法の要件の判定に効果的に機能する。租税訴訟においては、所得税法などの租税実体法の法令解釈や事実認定についての評価が問題となる事例が多いのは事実である。租税実体法の課税要件だけでは租税訴訟における裁判官の判断の構造を理解するには不十分であることが理解できた。税理士が租税訴訟に臨むにあたり意識すべきは、民法などの私法の法律関係の土台の上に、公法である租税実体法が適用されている構造を常に意識することである。土台となる民法等の私法の法律要件や要件事実を見極めて、法令解釈や事実認定を的確に行う能力を具備しなければならないことを確認した。

第5章「巡回監査と書面添付と要件事実論」
 書面添付は租税法律主義を租税実務に展開した結果である。租税法律主義なくして租税正義の実現はあり得ない。租税正義は租税公平主義により具体化される。租税正義は租税法の目的である。すなわち、『公平な課税』を実現させることにより、国民に幸福をもたらすことにある。つまり「租税法は、まさに納税者である国民の幸福実現のためにあると言える。法の目的が正義の実現にあるのであれば、租税法の究極の目的は租税正義の実現にあることは自明である。飯塚毅博士の掲げる「職域防衛」と「運命打開」、松沢智教授が大切にした「租税正義」「租税法律主義」「租税平等主義」「納税者主権主義」の理念。これらを実践し、守っていくのは税理士である。日本の租税正義を守るのは税理士である。「税理士よ、法律家たれ」の期待と希望に応えられればAI時代も乗り越えられるはずである。今回の研究では要件事実論を確認した。要件事実を前提に、これを意識して日々の巡回監査を軸とした書面添付を目指すべきである。この書面添付を実践する税理士が関与先を守り、幸福にする。税理士は関与先の幸福実現に寄与することのできる力を持っている。その力の源はリーガルマインドに他ならないことを確認した。

 

 我々は「法」の究極的な目的は、第一義に「国民の幸福の実現」であると考える。この幸福の実現のために「法の正義」が要請される。正義の要素は「自由と平等」である 。適正な納税義務の実現によって国民主権主義的租税観による申告納税制度を維持することは国家にとって重要であることは言うまでもない。租税国家における国民の幸福実現のための価値概念(哲学もしくは倫理的概念)である「租税正義」の実現を、租税法の解釈・適用の基礎において、独立した公正な立場で業務を遂行するという、崇高な使命を税理士は保持している 。税理士の使命は租税正義に立脚し、納税義務者の納税義務を適正に実現すことにある。申告納税制度の理念にそって租税実務の法の支配を確立し、租税正義の実現を図るという税理士の使命を誠実に履行することが税理士の職務と責任である と考える。

 おわりに、指導教授を快く引き受けていただいた増田英敏教授には大変お忙しい中、懇切丁寧な指導に多くの時間を割いていただき感謝の念に堪えません。心より御礼申し上げます。基本的な論文の書き方については久乗哲先生にご指導を受けお世話になりました。またTKC関東信越会事務局の事務局長、局員の皆様には、会議会場設営、議事録並びに膨大な資料作成など大変な尽力をいただきました。おかげさまをもちまして、研究員一同快適に論文作成に没頭することが出来ました。ありがとうございました。今回のタックスフォーラム2018の研究員として白羽の矢を立てていただき、貴重な機会を与えていただいたTKC税務研究所ならびにTKC全国会・TKC全国会中央研修所・関連委員会の諸先生方、論文作成においてお世話になったすべての方々に研究員一同心より感謝申し上げます。
   
 
 
TKC関東信越会(リーダー/相原信夫会員・他10名)
TKC関東信越会(リーダー/相原信夫会員・他10名)
 
ご清聴ありがとうございました。
山下真茂留税理士事務所はTKC全国会会員です
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関東信越税理士会所属
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