自性徹見(本来の自己の本性を見極めること)を瞑想の目的にすれば、それは底なし沼にはまっていくようなものかもしれない。 それは、一通過点であって、果てはないのである。瞑想中に目的を意識すれば、それは雑念である。 正しい瞑想の方法、もっと言えば、効果的な瞑想の方法を私は知りたいと思った。しかし、正式な瞑想方法というものはない。 ヨガからマインドフルネス瞑想までスタイルは百花繚乱である。 この世に多くの瞑想法が存在するのは、大日が種々の相手に応じて、その教えを用意してくれていると、理解する。 究極の体験を得ることを目指す臨済宗の厳格な修行道場では、坐禅儀に従い過酷な坐禅、参禅と作務が課される。修行するには寺に命を預けることになっている。 伝えられるべき内容は、体験知であり、体験のないものに言葉のみでは容易に伝えられないものである。 Six Supernormal (Buddhist) Powers「六神通」(ろくじんつう)six supernormal (Buddhist) powers 六神通(巴: chaḷabhiññā)とは、「直接的な知識 」「高度な知識」「超常的な知識」のこと。 仏教において仏・菩薩などが持っているとされる6種の超人的な能力。6種の神通力。六通ともよばれ、止観の瞑想修行において、止行(禅定)による三昧の次に、観行(ヴィパッサナー)に移行した際に得られる、自在な境地を表現したもの、とされる。(Wikipedia) 完全な精神統一などを行なって得られる6種の超自然的な力。すなわち,あらゆる場所に自由に行くことなどの能力である神足通 (じんそくつう) ,すべてを見通す能力である天眼通 (てんげんつう) ,すべての音を聞き分ける能力である天耳通 (てんにつう) ,他人の心のなかをすべて知る能力である他心通 (たしんつう) ,前世の生存の状態を知る能力である宿命通 (しゅくみょうつう) ,すべての煩悩を滅しこの世に再び生れないということを悟る能力である漏尽通 (ろじんつう) をさす。なお,それぞれの呼称には,このほか種々のものがある。 [source]=https://kotobank.jp/word/%E5%85%AD%E7%A5%9E%E9%80%9A-152655 Mindfulnessマインドフルネス(mindfulness)という用語は、仏教の重要な教えである中道の具体的内容として説かれる八正道のうち、第七支にあたるパーリ語の仏教用語サンマ・サティ(Samma-Sati、漢語: 正念、正しいマインドフルネス)のサティの英訳である。サンマ・サティは「常に落ちついた心の行動(状態)」を意味する。サティは幾つかの仏教の伝統における重要な要素である。(Wikipedia) 瞑想でたどる仏教 心と身体を観察する(抜粋要約)MENUINTRODUCTION(YouTube)この動画は非公開です 第1回 「ブッダの見つけた苦しみから逃れる道」 第2回 「ブッダの教えを継ぐ人々」 第3回 「多様化する瞑想」 第4回 「中国文化との融合」 第5回 「日本仏教の誕生」 第6回 「心を師とすることなかれ」 講 師:蓑輪 顕量(みのわ けんりょう:Miniwa Kenryo)東京大学大学院教授 僧侶 ききて:為 末 大(ためすえ だい:Tamesue Dai)元プロ陸上選手 進 行:中條 誠子(なかじょう せいこ:Nakajou Seiko)NHKアナウンサー 瞑想(めいそう)でたどる仏教〜心と身体を観察する
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・ブッダが「ブッダオリジナルの瞑想」を作ったのですか? 蓑輪:はい。実際は、最初にやられたものは伝統とほぼ同じものをされていて、ただ、悟りを開かれた時の瞑想がどんなものであったというのは、詳しくは分からないところがありますが、恐らくオリジナルの部分があったと考えてよいと思います。 <ブッダ(ゴータマ・シッダッタ)紀元前5世紀頃インドで仏教を開く> ・ブッダは実在の人物ですか? 蓑輪:はい。実際にいらっしゃたことは間違いありません。私たちと同じ人間だったということです。 ブッダの当時の人間と現代の私たち人間も、それほど大きく変わったものではないと思いますので、 ブッダの見られた世界というものが、実は現在の私たちにも通用するものではないかと考えています。 <ブッダ「瞑想への歩み」> ブッダが仏教を開いたのは今からおよそ2,500年前のインドです。 ブッダは王族に生まれました。名前は「シッダッタ」。 妻「ヤショーダラ」と一人息子「ラーフラ」とともに王宮で何不自由なく暮らしていました。 ある時、町に行こうとお城の東の門から出ると、白髪の老人を目にします。 ブッダ:「あれは何だ。」 従 者:「年を取ると誰もがあのような姿になります。」 ブッダ:「私もいつかはあのようになるのか…。」 またある時、南の門を出ると病を患う人を見かけました。 誰もが病にかかることを知ります。 今度は西の門を出ると葬式の隊列に遭遇します。 生きていくかぎり免れない 老・病・死。 シッダッタの心は重く沈み苦しみで覆われてしまいました。 「苦しみから逃れるにはどうすればよいのか…。」 そして北の門で出会ったのは世俗を捨てた修行僧。 何事にも平然とし苦しみから解放されているように見えました。 シッダッタは出家。 悟りへの道を歩み始めます。 出家したシッダッタは二人の仙人に教えをこい、「瞑想」の修業を重ねます。 この瞑想は深く集中することで心の動きを止めるもの。 難なくその境地に達したシッダッタでしたが…。 ひとたび瞑想をやめ日常に戻ると、悩みや苦しみは再びわき起こってきます。 二人の師から教わった瞑想では根本的な解決にはならないと考えました。 試行錯誤するシッダッタは山の中に入り、断食など自らの体を痛めつける苦行を行います。 それでも悩みや苦しみから逃れることはできませんでした。 シッダッタは失意の中で山を下ります。 「一体どうすればよいのか…。」 シッダッタの前に大きな菩提樹がそびえていました。 何かを得るまでこの木のしたから動くまいと決意し、再び瞑想に取り組みます。 この時シッダッタは独自の瞑想法を編み出したとされます。 それにより苦しみから解かれ、「悟りを得た人」ブッダと呼ばれるようになりました。 *(9-10頁)¥「四門出遊(しもんしゅつゆう)」⇒「四門有観(しもんゆうかん)」 <シッダッタは、後半は一人で模索(修行)したのですか?> 蓑輪:はい。恐らくはブッダ自身が、体験的に気がついていった世界なのではないかと思います。今、私たちの見ている世界というのは「新しい智慧」みたいなものが、どのようなかたちで得られるかというときに、「人から教わっていける智慧」、それから「自ら体験して得られる智慧」というふうに、分けられることがありますが、ブッダの場合には、まさに自ら体験して得られた世界、「体験知」とか「臨床知」という言い方が今あると思いますが、ブッダの悟りの世界は、まさに「体験知・臨床知」の世界なのではないかと思います。 為末:体験しないと分からない世界と思いますがどのように伝えたのでしょうか? 蓑輪:ブッダは自分の体験をきちんと整理されて言葉化していったんだと思います。それができたということは、なかなかにすごい人だった思います。 為末:ブッダの最初の動機は、自分の苦しみの解決のために修業に行ったのか、それともみんなの苦しみを救うために修業に行ったのか、どっちだったのでしょうか? 蓑輪:それは、やはり自分のことに引き寄せて、必ずだれもが、「生まれる苦しみ」、「年を取る苦しみ」、「病にかかる苦しみ」、「死に至る苦しみ」、というのを経験する。そのような観点から考えると最初は自分の苦しみをいかにして、逃れるかっていうところから始まったと考えていいと思います。 為末:ブッダは自分で体験できたので、みんなも同じやり方でそれぞれの人が瞑想を通じて苦しみから逃れられると考えたということでしょうか? 蓑輪:そのように思います。 *「智慧(ちえ)」一切の現象や、現象の背後にある道理を見きわめる心作用を意味する仏教用語。 (注)中村元ほか(編)『岩波仏教辞典』第二版、岩波書店、2002年、696-697頁。 <変わらぬ人間の苦しみ> 四苦八苦 ・人間の苦しみは2,500年前から同じようにあって、真剣に逃れるための方法を考えられていたということですね。 為末:そこだけは結局人間が生きている以上変わらないですね。本質的な苦しみだったですね。 蓑輪:実際、仏教の中では、その「生・老・病・死」の4つを「四苦(生苦・老苦・病苦・死苦)」といいます。このほかに4つほど苦しみになるものがあると捉えていました。それは、求めても得られないことが苦しみである「求不得苦(ぐふとくく)」、愛おしい者と別れなければならないのは苦しみである「愛別離苦(あいべつりく)」、嫌なやつと会わなければいけないのは苦しみである「怨憎会苦(おんぞうえく)」、そして、私たちの身体が、さまざまな構成要素からできているが故に受けるける苦しみ「五陰盛苦(ごおんじょうく)」という、4つのものが加えられて全部で「八苦」といいます。 その「四苦」と「八苦」がつながって「四苦八苦」という熟語ができます。これは現在の日本語の中でもちゃんと生きています。まさに2,500年前のブッダの時代に考えていたことと、今、私たちが現実に生きているうえで感じるものというのは、ほとんど変わていないと思います。(→37頁) 「瞑想」についてブッダは言葉を残しています。 ブッダの教えを記した初期の仏典「念処経(ねんじょきょう)」の一節です。 比丘(びく)たちよ、この道は、もろももろの生けるものが清まり、 愁(うれ)いと悲しみを乗り越え、苦しみと憂いが消え 正理(しょうり)を得、涅槃(ねはん)を目(ま)のあたりに見るための一道(いちどう)です。 念所経・サティパッターナスッタ(片山一良 訳)*(11頁)
*「比丘」とは修行者のことで、「この道」とは「念処」のことです。念処は、生きとし生けるものが清らかになり、愁いと悲しみを乗り越え、苦しみが消失し、正しい道理を獲得し、心の平安な状態を目の当たりにするための唯一の道だと言っています。(12頁) <「サティパッターナ」「念処」> 「念処」を通じて、私たちが日常に感じている悩みや苦しみを超えることができる。 そして正しい道理を知ることができる。「涅槃」に到達することができると書かれています。 その中でも「瞑想」というふうに今まで呼んできましたけれども、実際の言葉では「サティパッターナ」「念処」という言葉で呼ばれています。 <「念処」サティパッターナ>=「注意を振り向けてしっかりと把握すること」 この「念処」というのは現代の仏教研究者の方たちが、どのように翻訳するのが一番その実際に近いかというので、あれこれと苦労しているんですけれども、今考えられる翻訳語としては、「注意を振り向けてしっかりと把握すること」と訳されるようになってきました。 ・「念処」というのが、ブッダがたどりついた悟りというここでしょうか?。 蓑輪:はい。「念処」をという方法を通じて、悟りに到達したと考えるといいと思います。 気づきの対象になるものを、ブッダは4つの範疇にグループ分けしました。 これは「四念処(しねんじょ)」という言葉で表現されています。4つの念処という意味ですが、実際につかまえられる、注意を振り向けられる対象は、「身・受・心・法」という4つの言葉で表現されます。 <「四念処」>=「身念処」、「受念処」、「心念処」、「法念処」 *「業処(ごっしょ)」対象=「身」、「受」、「心」、「法」(13頁) 「念処」で注意を振り向ける対象をばブッダは大きく4つに分けました。 聞こえてきた音、それを捉える耳など、体の感覚器官に、注意を振り向けます。 これを「身念処(しんねんじょ)」といいます。 その音が、鳥のさえずりなら心地よく<楽>、雑音なら不快<苦>だと感じます。 どちらでもないということもあるでしょう。 外からの刺激を受けて最初に生じるこの感覚。 それを観察するのが「受念処(じゅねんじょ)」です。 そこから、心には喜怒哀楽様々な感情が生まれます。 ・かわいいな、わくわく→「楽」・うるさいな、いらいら→「苦」 この感情にも気づき把握することを「心念処(しんねんじょ)」といいます。 ・眠たいな・これ意味あるのかな 瞑想をしていると誰もが、そわそわしたり、眠気や、疑念などにさいなまれます。 この心の働きも観察します。「法念処(ほうねんじょ)」です。 聞こえてきた音や身体だけでなく、それを受取る心や、生じた感情、 あらゆるものに注意を振り向けるのがブッダの瞑想です。 <「念処」の体験=心の観察> ・では、実際に私たちも体験してみたいのですが。 蓑輪:それでは、一番基本になります「呼吸の観察」をしてみたいと思います。 @呼吸に集中する ・まず、眼をつむりまして、顔の辺り、まあ、鼻のところにですね気持ちを持っていきまして、入る息、出る息をそのままに観察してみてください。 ・坐るかたちは、なんでもいいですか? 蓑輪:坐るかたちは、姿勢を調えて背骨の上に、頭ががしっかりのっていて、まあ、一番楽な姿勢で結構です。 <観察>・・・ 為末:これは、激しく、鼻で息を出したりしないと感じ取りにくいですね。あと、周りの声とか聞いちゃいますね。 蓑輪:実際の呼吸の観察の時には、まずは、呼吸の入ってくる息、出ていく息を、きちんと把握していく、つかまえていくことが大切です。 でも、実際には、私たちの心は様々なことを考えたり、いろんな感覚器官がが動いていますので、他のものも受け止めてしまいます。ですので、観察のやり方の時に、最初は1つのものに注意を振り向けてしっかりと把握することですから、静かな環境で呼吸を観察していく、というのが一番望ましいです。 しかし、私たちが感覚器官を通じてつかまえているものをですね、それも気づいていくということもできますので、では観察の仕方を変えてみたいと思います。 A観察の対象を広げる ・今度は、呼吸以外に、椅子に触れている、まあ、お尻の感覚が分かると思いますので、触れている感覚も、気づきの対象にしてください。それから、もし、音が聞こえてきましたら、その音も、つかまえる対象として気づいてみて下さい。では、お願いいたします。 <観察>・・・ 為末:これは忙しいですね。 何か…、自分が、いろんなことに、気づかなきゃいけないっていうふうに思わないと、そのまま呼吸だけになってしまいそうな…。 (鳥の鳴き声)今、鳥が鳴いていますね。鳥が鳴いていながら、ちょっと、何か、背中が同じ姿勢で疲れてきたなっていうのと。こだわって、一個のことをつかまえたら他のが、起きてることが分かんなくなる感じですかね。 蓑輪:最初は、一つのものに気づき続けるというのも、結構、大変なことです。 最初に、呼吸を観察してくださいと申し上げましたけれども、私たちの心というのは、常に動き回っているような、言い方もありまして、これは、仏典の中に出てくる例えなんですけれども、私たちの心は「猿」に例えられることがあります。 <サルにたとえられる「心」> 動物園にいるサルを、ご覧になったことはありますか?。 一年中動いていると思うんです。とにかく手あたり次第、ものをつかんでは口に持っていいったりとかします。ところがサルというのは大変面白い性質がありまして、ひもを使って首のところからですね、ロープで縛って、どこか、杭(くい)とかに縛りつけてしまいますと、最初は逃げようとして暴れるんですけれども、しばらくすると、ひもにつながれているというのを、しっかりと認識するみたいで、じ〜っとしてしまうんです。仏典の中に使われている心の例えというのは、サルでありまして、同じように何か1つのものに結びつけていると、最初は大変だけれども、いつの間にか落ち着いてきて、1つのものに集中することができるようになる、と説かれているんです。 *意馬心猿(いばしんえん) 煩悩(ぼんのう)や情欲・妄念のために、心が混乱して落ち着かないたとえ。また、心に起こる欲望や心の乱れを押さえることができないたとえ。心が、走り回る馬や騒ぎ立てる野猿のように落ち着かない意から。▽仏教語。「意」は心。「心猿意馬しんえんいば」ともいう。 出典『敦煌変文集(とんこうへんぶんしゅう)』三一に引く『維摩詰経講経文(ゆいまきつきょうこうきょうもん)』 (注)三省堂 新明解四字熟語辞典(Web) <悟りへの道「最初は一つに集中」> まず、この練習が、ブッダの悟りへ至る最初の段階として設定されています。 <観察対象を広げ「悟り」へ> そのあとに、1つのものにきちんと集中するということができるようになってから、観察の対象を複数のものにしていく。先ほどお尻の触れている感覚とか、聞こえてくる音とか、あるいは体が感じる痛みなんかもそうですけれども、そういうものも、全て気づくというやり方に変えていきます。 お釈迦様が、悟りを開かれた時の観察のしかたというのは、恐らく後者の方であった可能性があると思いまます。 <「念処」>= 二つの方法「止(し)」、「観(かん)」 ブッダの瞑想「念処」。その二つの方法です。 ・<一点に集中>[止] ろうそくの炎にだけ集中して見つめます。 一つのものに集中して、観察する方法を「止」といいます。 ・<観察対象を広げる>[観] 今度は炎だけでなくその周囲にも注意を振り向けます。 すると、ろうそくの燃える匂いや空気の流れ、温かさなど、さまざまなことに気づくでしょう。 このように、複数のものに気づく瞑想を「観」といいます。(→52頁) ・気づきも1つに集中するものから、同時にいろいろなことに気づいていくという2種類 <サマタ「止」> 蓑輪:そうですね。それで、その1つのものを対象にして気づき続けているというのは、後の時代に「サマタ」・「止」という名前で呼ばれるようになりました。 心の働きが、静まっていく、止まっていくというような意味から、「止」と命名されたと考えられます。 *サマタ(巴: samatha)、シャマタ(梵: śamatha)、奢摩他とは、ひとつの対象に心を落ち着かせることを意味する仏教用語であり、止と漢訳される。 <ヴィパッサナー「観」> あと、この「止」という命名のしかた、それと対になっている様々なものを気づいていくやり方は、「観」「ヴィパッサナー」という名前で呼ばれるようになります。ところがこの「止」と「観」という言い方は、お釈迦さんの時代には、どうも使われていなかったようでありまして、お弟子さんたちの時代になってから使われるようになた用語と考えられています。 ブッダ以前に行われていた瞑想というのは、恐らく、伝記の中に登場します2人の仙人、どうも、その仙人の人たちから教わった境地というのは、一つのものに集中して心の働きが起きなくなっていく過程を、経験していたようでありますので、まあ、恐らく、お釈迦様以前の瞑想のスタイルというのは、心の働きを静めていくというところが中心だったのではないかと思われます。で、それと比べていきますとブッダの瞑想の特徴は、いわゆる「観」ビィパッサナーのところにあるのではないかと考えられます。 *ヴィパッサナー(巴: vipassanā)は「観察する」を意味する。 |
<悟りの鍵は「観」> ・では、この「止」だけでは悟りに至れないということに気づいたから、「観」にむかっていった…。 蓑輪:そうですね、これは伝記の中の記述なんですけれども、「止」を行うことによって、やっている最中は他の働きが起きないですから、悩みや苦しみも生じない、しかし「止」の状態から日常に戻ると、その時には、やはり前と同じように悩みや苦しみが生じた、ですから、「このやり方は真実の悟りに至る道ではないのではないか」と考えて、オリジナルと推定される「観」の瞑想の方に入っていったのではないか、と思われます。ですから「観」の練習をすることによっていろいろなものに気づき、しっかりと受け止めていく、把握するということをしつつ、それを手放していくということで、悩みや苦しみから逃れていくんだろうなと(と考えられます。)。 ・為末さん あの 競技中とかですね、アスリートにとって この集中するって、すごく大事だと思うんですけど、何かこう 共通点なんてありますか? 為末:そうですね 動きを 僕らは「粒度を細かくする」と言うんですけど、足を動かして 走るというところから足を上げて地面を踏むというところになって、母指球というんですけど、親指の付け根で踏んで、しっかり乗っかって、その重さを腰に受けるとか、だんだんだんだん 感覚を細かくして、注意するところを向けていくのを変えていくんですけど、ちょっと今 伺いながら、そういうのに すごい似てるなと思って。 蓑輪:感覚をとにかく細かくしていくということをしていますと、動作は、すごくゆっくりになってくるんですけど。 為末:まず、ゆっくり動けることを覚え、意識ができると、速くすることができるようになります。ただ速くすると伸びどまってしまいます。ゆっくりさせる方が難しい。コーチは「感覚」を大事にします。 <ゾーンとは何か> 為末:「ゾーン」の科学的証明は、難しい。走っている最中の脳波を採るのは困難です。また、体験知を言語化することの悩みは、ちょっと近いんじゃないかという気がします。 「ゾーン」に関して言うと、どんな体験かというと、周辺の音が小さくなって、自分の体だけが動いている感じになるという…。具体的にはスタンドの声が小さくなり周りの選手があんまり見えなくなり、自分の体がひたすら動いている感じがして、動かしてる感じがなくなって、動いている感じを自分が追っかけているみたいな感じです。何ていうか、集中して考え事をしてたら、気がついたら目的地を通り過ぎてたってことあるじゃないですか。あれのもうちょっと集中版なんですけど、だから、体が先に動いているって感じです。それを自分があとから追っかけている感じです。 ハードルを跳ぶということを忘れても跳べるかどうかです。ハードルを跳ぶぞと思ってたらハードルに意識が行くので、集中できないんですけど、ハードルを跳ぶぞ、なんて考えなくても、体が勝手にうごいちゃえるようになった時に、初めて自分の頭がそれを手放せるので集中に入れいるという感じです。だから、まず体がそれを何も考えなくてもできるようなところまでは、覚えてないといけない。 <体験したゾーンは「止」と「観」でいうと、「止」> 蓑輪:サマタ「止」の行法の中でどういうことが起きてくるのかというのを、体験された方の話ですけれども、一つのものに集中していると、それだけがきちっとつかまえられるようにんっていきます。で、実際には、音の感覚とか、他のものが遮断されていくようになります。ですので一つのものに、まあ、一点集中というふうにもいうことができますので、そうしてくると、他の感覚機能は機能を停止していくような状況が生じてきます。これは、脳科学の世界でもそのようなことを、ちょっと言われておりまして、「止」の行法をしている行者さんを、その場合には横になって呼吸に集中していくというような感じで、計測されたようですが、そうすると、いわゆる他の感覚機能は、全体的に低下してしまうそうです。で、一つのことだけは、どうも動いているという感じですので、まさに、いま、おっしゃられた、音が聞こえなくなってくるような感覚とか、集中が進んでいって生じてきている状態である、ということができます。 「観」の練習をしているといろんなものに気づけるようになってくる。ただ、気づいた後どうするかなんですけれども、それを手放していくのが、やっぱり大事だというふうに言うんです。そのような状況になってくると、少しずつ、悩み苦しみから離れていけるというふうに捉えられていますので、まさに観客の歓声とかを聞いても、それをきちんと流していけるように心が変わっていけば、本領が発揮できということなんじゃないか、というふうに、私は、今伺いました。 為末:競技でいい記録を出すには、最終的には「心」が一番重要になります。だから、最後のトレーニングは難しい。最初のトレーニングは全部、メソッドがあって、頑張ればなんとかなるのですが、最後の練習の仕方がみんな、なかなか分からない。全部「心」の問題なので。 <「心のメカニズム」を発見する>「名色(みょうしき)の分離の智(ち)」(22ー26頁) ・このように気づき続けると心にはなにが起こるのでしょうか? 蓑輪:心の中に起きてくる気づきみたいなものがあると思うんですけれども、最初に呼吸の観察をしましたが、それが、気づかれている対象として風のような動きがあって、それに対して、心が何か、風が流れている、動いているというふうに、気づかれるような瞬間が出てきます。これはものを見ていると場合でも同じです。例えば私たち日常生活の中でも、ものを見ている時に、どういうことが起きているのかというと、実は、目という視覚器官を通じて、心の中、(現在では脳といった方がいいかもしれませんけれども)、脳の中につかまえられる対象としてのイメージがまず描かれます。その次にその描かれたイメージに対して、「あ、これは何々だ」というような判断が働いてきます。最初は1つのものだと思っていたものが2つのものに分離されるという段階が、やがて訪れてきます。この時に、つかまえられている対象が「色(しき)」、つかまえている心の働きが「名(みょう)」と呼ばれます。1つと思われていたものが「名」と「色」の2つに分離されるということが起きてきます。仏典の中ではそのような気づきを、一番最初の智慧(ちえ)だと記述しているものがあり、「名色(みょうしき)の分離智」という名前を付けて呼んでいます。心身の観察をしていると、やがてそのような状態が経験されるというふうに言いっていいいと思います。(23-26頁) 何かを見たとき、例えばリンゴを見たときに、脳には見ている対象のイメージが浮かびます。するとそのイメージを見る自分の意識があると分かります。つまりリンゴがあるという認識はリンゴ「色(しき)」と、それを観察する心の働き「名(みょう)」に分けられることを、ブッダは発見したのです。 日常生活の中で私たちは認識をしている時に、当たり前のようにものを見たら、ただもう、一つのものだと思って、判断とかが起きていますので、心の中に、まず、何かが描かれて、それに対して、心が別の働きを起こして、それを認識していることに、普通は気がつけないと思います。ところが、体や心の観察をしていると、そういうことにも気づけるようになってくる。 そうすると、私たちの心の中に生じてくる感情など、さまざまなものにも気づけるようになってくる。これがとても大切な部分です。 ・苦しみの正体とは 私たちの心 (YouTube) < 苦しみの正体とは> 四念処(ブッダの瞑想)を知ることが、この苦しみから逃れることにつながるということですが、その苦しみはそもそもどうして起こるのでしょうか? 蓑輪:私たちが感じる苦しみというのは基本的には、「私たちの心が作り出している」という視点があると思います。 <なぜ、苦しみが生まれるのか?>=「識別作用」 およそ苦しみが生ずるのは、すべての識別作用に縁(よ)って起こるのである。 識別作用が消滅するならば、もはや苦しみが生起するということは有りえない。 経集・スッタニパータ(中村元 訳)
・心身の観察を通じてブッダはその正体に気づきました。(14頁) 蓑輪:私たちは「感覚器官を通じて世界を受け止め、心のなかにつかまえられる対象としての何かを描き」、それに対して瞬時に「これは何なにだ」という判断を起こしている。 これが、経典の中に言われる「識別作用」と位置づけることができます。その「識別作用」が生じると私たちの心は、次から次へと別の働きを起こす。例えば、なにかものを見たときに、最初に、例えばリンゴを見たときに、リンゴのイメージが心の中に描かれます。そうするとそれに対して、「あっ、これはリンゴだ」という識別作用が働きます。それが生じると、その次の瞬間に「あっ、おいしそうだな、食べたいな」と。「でも、食べたら太っちゃうかな」。そういうふうに次から次へといろいろな働きが生じてきます。これを仏典の中では最初の段階の受け止めは、「第一の矢」というふうに表現します。弓に矢をつがえて打つような感じをイメージしていると思いますが、まず最初に、感覚器官が受け止めたものは「第一の矢」を受け止めたと。それがきっかけになって「第二の矢」を私たちの心は起こしていく。そんなふうに分析しているのです。 <「第一の矢」→「第二の矢」が引き起こされる> 分かりやすい例としては、道をあるいていて向こうから来る人と肩と肩がぶつかったという例が、一番いいと思います。 肩がぶつかった時に感じ取るるものは、実は身体がぶつかったわけですから、接触感覚、時にはそれが痛いというふうにつかまえられますので、痛いというふうな感覚はこれ「第一の矢」なのです。それがきっかけとなって、「第二の矢」として起きてくるものは、相手に対して「あなた一体どこ見てあるいてるのよっ」というような感じで、怒りの気持ちが生じてくると、これが「第二の矢」です。本来私たちの身体が受け止めたものは痛みだけですので、それに対して痛いということをちゃんときづけば、そこで止まるはずです。ところが日常生活の場合には痛いというようなところから、すぐ次の反応が起きてしまって怒りの気持ちが生じたりとか、相手に対する非難が生じたりとか、いろいろなところに展開してしまいます。 このように、私たちの心は次から次へと広がっていいきます。(17頁) <「戯論(けろん)」=心の拡張機能> このような働きを仏教では「戯論」という名で呼び現代風に言うと「心の拡張機能」と名付けていいと思います。 <ブッダが発見した苦しみが生まれる仕組み「戯論」> 飛んできた矢、これが体に当たると・・・ 本来、受け取るのは矢が触れたという、体の感覚だけです。 しかし、その認識がきっかけとなり第二の矢が放たれます。 すると、心は、どんどん動いて怒りや悲しみが生まれます。 「誰だ。ふざけるな!」。 このように、心が拡張することが「戯論」です。 この「戯論」が苦しみを生む原因なのです。 比丘たちよ、まだわたしの教法を聞かないひとたちは、 苦受にふれられると、憂え、疲れ、悲しみ、胸を搏って泣き、なすところを知らず。 彼らは二種の受を感ずる。見に属する受と、心に属する受である。 比丘たちよ、たとえば、第一の矢をもって射られども、さらに第二の矢をもって射られるがごとし。 それとおなじく、比丘たちよ、すでにわたしの教法を聞いた弟子たちは、 苦受にふれられるども、憂えす、疲れず、悲しまず、胸を搏ちて泣かず、 なすところを知らざるに至らず。 *(雑阿含経『箭経』第十七-470)(15頁)
<苦しみの正体は、心の拡張> 為末:これは経験的に浮かんできた感情に対して、「そんなのじゃ駄目だ」と言えば言うほどそこに注目がいって、これが消えなくなるんです。ずっと葛藤が残ってしまう。怖いって来た時に、「まあ怖いよね、そりゃ、だって人生で何回しかないもんね」というふうにした方が、まだ抜けていく感じがあって、だからしょうがないなって、そういう感じです。 蓑輪:何か、為末さん、「体験の知」で悟りの世界にもう入っているような気がいたします。 私たちの心に生じてくるさまざまな感情というのは、抑えようとしても抑えられないことが多いだと思います。起きてもいいからそれをちゃんとつかまえなさい。しっかりと注意を振り向けて気づきなさい。(感情に)気づいて把握しなさい。何度も把握しているとやがてそこから抜けられる。これが大事な点です。 為末:でも、そういう気持ちが起こってもいいと言われると、優しい気持ちになれますね。怒っちゃダメと言われると、そんなところまで達成できるかなって気がしますが、人間だから、そういうのは起きるけど、それを気づくんだということですかね。 蓑輪:(感情が)起きてもいいから中立的な気持ちで心を眺めなさい、ということです。 <ブッダの瞑想「念処」で「戯論」をおさえる> 蓑輪:私たちの脳の容量は、いろんなものを考えたりとかしていく時の容量といいますか、それは、意外に多くはないと。いろんなものを同時にやっていくというものですね、これはやっぱり限界があるようなんです。ですから、様々なものを気づき続けていくということをしていると、脳の様々な情報処理の限界に近づいてしまうと。そういう体験をしていると次から次へと起こる、戯論の働きが起きにくくなってくるのではないかと考えられます。どうして私たちが悩みや苦しみから抜け出られるのか、マインドフルネスを専門にしている先生方の言い回しなんですが、「心の中に回路ができる」、つまり、反応のパターンが新しく作られると。つまり今の一瞬一瞬をきちんと受け止めるということを、練習としてやっているとそれが習い性になって、日常生活の中でそ生かされるようになってくると。何かあって第一の矢を受けてもその第一の矢を受け止めるだけで、第二の矢を起こさせないようにですね、心の中に回路ができてくるんだと。こういう言い方をしています。(18頁) ¥心の容量を限界に近づけて、心の働きが起きにくくなる。 ¥感覚器官で捉えたものだけを、そのまま把握することが習慣化される。 ¥回路の作り方を誤ると大変なことになる。(野狐禅)cf.第6回 *百丈の野狐(ひゃくじょうのやこ)→不昧因果[因果を昧(くらま)さず。] 為末:トレーニング可能だということですね。 蓑輪:そうです。瞑想もいろいろと指導してもらっていたバングラデッシュのお坊さんがいるんですけれども、その方と一緒に調査旅行で韓国に行ったことがあります。その時に空港で大きなカートに荷物を載せて歩いていたんですけども、急いでいる人がいて、その人が実は、カートをちょっとお坊さんの足にぶつけてしまったんです。足の親指の爪がはがれるというかなり大きなある意味で事故だと思うんですけど、それが起きたときにそのお坊さんはどういう反応をしたかというと、とにかくいたいということに気づくようにして、冷静に痛みだけをちゃんと気づいて、ぶつかってきた人に対しても、こういう状況ですので、ちょっと一緒に、空港の中の病院まで、一緒に来てください、というような感じで、対応してました。 それを見たときに、ああ、やっぱりきちんと修行をしていると、かなり大きなことでも、やっぱり実際に起きて受け止めている最初の段階で、きちんと受け止めて第二第三の矢をおこさないように、心がが整っているんだなというのを実感したことがあります。 <気づくだけで苦しみは消える?> きちんと注意を振り向けてしっかりと把握するというのが、まず第一なんですけれども、「把握した後それを手放していく」というのも、大事な点なんです。 それに執着してしまうというのが起きてくると、これはまた問題になりますので、気づいたら、まあ、そういうこともあるよね、という感じで、手放していけるようになればいいんです。 私たちの心はさまざまな働きを起こす力を持っているんだと思いますので、いろいろな感情を起こすんだと思います。 それは、起きても仕方がないという部分は、たぶんあると思いますので、「感情が起きても支配されないというのが大事」だと思います。 <喜びは手放さないといけないのか> ・第二の矢を喜ばしくはじけさせる、そういうこともありでしょうか?。 蓑輪:極端にならないということが大事な点として主張されていて、仏教では「中道(ちゅうどう)」という言い方をしますが、真ん中あたりというか、両極端に偏らないと。次から次へともっともっととかですね、喜びをず〜っと持続せよというような感じで考えるのは、これは、また執着になってしますので、そこは避けていきましょう、という感じですね。 為末:(以上の説明は)心のトリセツ(取扱説明書)のような気がしました。 蓑輪:このことを多くの方に知っていただき、実践していただき、悩み、苦しみから解放されていくことを念願しています。 【参考映像】心の時代〜宗教・人生〜 めい想でたどる仏教〜心と身体を観察する 第1回「ブッダの見つけた苦しみから逃れる道」 初回放送日: 2021年4月18日(NHK Eテレ) |
・前回では、ブッダが人生の苦しみから逃れるために、「悟り」を求めていった。そこで「心身の観察」を見つけ、その苦しみの正体は自分自身の「こころ」にあるということを、教えていただきました。その教えが、2,500年たった私たちに伝わっているというのが、「仏教」ということですね。 ・今回はブッダの発見したものが、お弟子さんたち、そして修行者たちにどのように伝えられ、そして、それがどのように受け継がれていったのかについて、話していきたいと思います。 シッダッタは試行錯誤を重ね、最後に菩提樹のの下で瞑想に取り組みます。 ブッダは「なぜ人は人は苦しむのか」と、自分の心を深く観察し、 そして「この世の真理」に気がつきました。 すると、心に落とした暗い影は消え穏やかな気持ちに包まれます。 彼は、「悟りを得た人」ブッダと呼ばれるようになりました。 その後、ブッダは西に200キロ離れたサールナートへ向かって歩き始めます。 そこにいたのは、ブッダのもとを離れていった5人の付き人たち。 自らの悟りを彼らと共有しようと足を運んだのです。 その姿に心動かされ、付き人たちはブッダの弟子になると決めました。 瞑想を通じて得た気づきを、ブッダは弟子たちに一つずつ語りかけます。 ・一番最初に、伝えるということを決心するには、少しためらいがあったようです。ご自身で悟った内容というのは大変に難しい、人に話しても理解してもらえないのではないかという思いが生じたようです。最初は、説くのをやめようと思っていたようなんですけれども、そこは、これも伝記の中のお話なんですけども、インドで一番偉い神様であります「梵天さん(ぼんてん):古代インドにおける万物創造の神」が登場いたしまして、世の中にはそれを理解してくれる人もきちんといるはずだと。ですから、「説いてください」ということをお釈迦(しゃか)様に勧められます。それで、お釈迦様はその教えを人に伝えようとして、5人の同じ修行仲間に説くことになったんだと伝えられています。 ・5人の仲間は、すんなり最初に受け取られたんですか? ・これはですね、やはりお弟子さんたちも、最初の付き人といわれてますけども、一緒に修業をしていた仲間みたいなものですから、お釈迦さんが悟ったといっても、退転(たいてん)したというふうに最初、考えていました。退転というのは、退いてしまった、やめてしまった、というような、そんなニュアンスなんですけれども、ですから「悟りを求めての修行」から離れてしまった、というように考えたようなんです。5人の方たちは、お釈迦さんが来ても、敬意をもって迎えるのはやめようというようなことを、最初は話し合っていたそうなんです。諦めた人だから、もうそんなにしっかりと対応する必要は、無いんじゃないかと思っていたと。ところが、実際にやってくるお釈迦さんの姿を見て、そこから感じられるものに心を動かされて、その約束をすっかり忘れてしまって、足を洗う水を持ってきたりとか、礼拝(らいはい)をしたということが伝えられています。 ・ブッダは最初に弟子たちにどんなことを伝えましたか?(37頁) <四諦八正道(したいはっしょうどう)> 四つの真理と八つの正しい道 (「諦」=真実を明らかにする。=欲望から離れる。) ・四諦(したい)=四つの真理 苦諦(くたい):この世は苦しみに満ちている=苦の原因である真実(一切皆苦) 集諦(じったい):苦の原因は欲望である=人格の完成を目指す 滅諦(めったい):苦しみのない理想的な状態=悟りの境地のようなもの 道諦(どうたい):「八正道」の実践が苦を消滅さる=悟りの状態に到達するための実践 ・八正道(はっしょうどう)=八つの正しい道、日常の中における心構え 正 見(しょうけん):正しい見解=誤った考えを持たない 正思惟(しょうしい):正しい思い=欲を持たない、怒りを持たない、他人に害を与えない 正 語(しょうご):正しい言葉 正 念(しょうねん):正しい自覚 正 業(しょうごう):正しい行い 正 命(しょうみょう):正しい生活 正精進(しょうしょうじん):正しい努力 正 定(しょうじょう):正しい瞑想 ¥人格の完成を目指している ¥集諦(欲望=悟りを求めること、努力を否定するものではない) <出家集団サンガの始まりと戒律>(27頁) ・「サンガ」がつくられ「戒律」が生まれる。(29頁) ・お釈迦さんのカースト制に対する批判 「人間は生まれによって尊いのではない、行いによって尊いのである」 (ブッダは)カースト制度から離れるために出家をして別の集団を作るしかなかった。 ・「戒律が生まれた社会的背景」=出家の集団は生産活動が出来ない。在家の布施に頼る。 聖なる存在の必要性。社会的に非難される行動を慎む。規則の発生。 ・戒律の内容=世間的に批判されることを慎む 「梵網経(ぼんもきょう)」(30頁) ・小戒(しょうかい)人の命を殺めてはならい、ものを盗んではいけないetc ・中戒(ちゅうかい)種の生る木を切ってはいけないetc ・大戒(だいかい)占い、医療行為の禁止、(職業の禁止)etc 戒律には社会の状況により柔軟性があった。 些細な戒律は変えることができた。(釈迦の遺言) 「些細」の範囲が不明→のちに混乱の原因 ・戒律が深い瞑想のための環境を整える(YouTube) <戒律と瞑想の関係 ー 戒律が瞑想にもたらす効果> 重大な罪をさけることにより心の安定性をもたらす 「戒律によって守られている」(東南アジア上座系(じょうざけい)のお坊様談)→修業がしやすくなる 「戒律」=シーラ:本来の意味は「習慣」 主体的に、日常的な習慣として良い習慣を身につけ、環境を整える ・為末:戒律は「ルール」、習慣は「ルーティン」 ・「律(りつ)」=他社から強制されるニュアンス(ルール) ・「戒(かい)」=自ら進んで身につけていくもの(ルーティン) ・「ダンマパダ」=心身を整えていくために環境をしっかりと整えていくことが大事(↓) <修行僧> 眼(まなこ)について慎むのは善い 耳について慎むのは善い 鼻について慎むのは善い 舌について慎むのは善い 身(み)について慎むのは善い ことばについて慎むのは善い 心について慎むのは善い あらゆることについて 慎むのは善いことである 修行僧はあらゆることがらについて慎み すべての苦しみから脱(のが)れる 法句経・「ダンマパダ」(中村元 訳)(32頁)
<瞑想の土台・環境を整える> 目や鼻など感覚器官で受け止めるもはなるべく慎む。 苦しみは感覚器官を通じて入ってきて、そして私たちの心をざわつかせてしまう。 そのようなものをあらかじめ遠ざける、ことが大事である。 「戯論」心の拡張性(自動的機能)を起こすものを修業の上で排除する。 ・在家の戒「五戒」 不殺生(ふせっしょう):人の命を殺(あや)めない 不偸盗(ふちゅうとう):人のものを盗まない 不妄語(ふもうご) :嘘(うそ)をつかない 不邪淫(ふじゃいん) :邪(よこしま)な関係を結ばない、浮気をしない 不飲酒(ふおんじゅ) :お酒を飲まない ・「分戒」=一部だけを守る、も可(柔軟な考え方) ・瞑想には集中力が必要とされるので心配事など余計なことは考えなくても済むな状態が理想、日常生活から心をざわつかせるものを遠ざけておく。 為末:チャンク化・自転車に乗る=なれると運転は自動化(脳のスペースが広がる)。 ・「三蔵(さんぞう)」ブッダの教えを三つのジャンルに分けて考えたもの「経・律・論」 経典「経蔵(きょうぞう)」 戒律「律蔵(りつぞう)」 注釈「論蔵(ろんぞう)」 上座部系では「律・経・論」の順、律が重要、戒律を守ることによって悟りにつながるという意識を持っている。 ・心と身体はつながっている。 ・心は最後は体から入るしかない、心を直接コントローすることはできない。(為末) ・心はひもがついた先にいる犬みたいな感じです。心は(犬のように)首をつかまえて連れてこれない。(為末) ・深い瞑想から得られること(略)・・・ <「縁起(えんぎ)」>=関係性・条件性(40-43頁) ・観察の中で得られる智慧(ちえ)=「名色の分離の智」 認識には「色:観察」と「名:観察する心の働き」に分けらる。 関係性は一方的です。つかまえられる風の動きがあった時に、つかまえる心が存在している。つかまえる心が先にあって、つかまえられているものが生じるということはない。この一方的な関係性を、初期仏教では「縁起」という言葉で表現した。リンゴが存在することで観察する意識が生まれる。リンゴ「色」がなければ観察する意識「名」もおのずと消滅します。この逆はありません。 ・「縁起」という言葉は「関係性」と訳されることが多い。あるいは「条件性」とも訳されます。初期仏教では「一方的な関係性」です。 <「縁起」苦しみとの関わり> 苦しみというものもその原因があってそれにより生じていると捉える。そのもとになっているものがなくなればその起きているもののなくなる、と考えています。「名色」の関係と同じものです。「戯論」がなければ「苦しみ」は生じない。「縁起」に気づけるということも、深い瞑想を行うことによって気づかれてくる。 ・「矢のエピソード」=戯論:一方的関係性縁起 <縁起の展開>=相互依存の関係性 「縁起」は後世の大乗仏教では一方的ではなく「相互依存の関係性」となる。「心」を説明する原理から「世界」を説明するための原理として応用されていくようになる。その段階なると、全てのものがつながっている感覚になっていく。 ・自己中心性を離れる(現代仏教) 自分も世界の一部である。 ・スポーツでの観客の影響 応援や周りの選手がなどがそれぞれの選手に影響する。(為末) <苦しみの解放から「慈悲」へ> 智慧を得た人、苦しみから解かれた後どうあるべきか。 究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次の通りである。 能力あり、直(なお)く、正しく、ことばやさしく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ 他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない 一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ 目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも 一切の生きとし生けるものは、幸せであれ 経集・スッタニパータ(中村 元 訳)(38-39頁)
一般には「慈悲」この気持ちが大切である、ということを言っている。自分自身の幸せとともに、それを他者に対しても振り向けていく。これが大切なことであると述べている。それが、今現在だけではなく、未来に生まれてくるであろう生きとし生けるものに対しても、同様の気持ちを持たなければならないことを、述べて、実は、ななかなに素晴らしいことです。 ・慈悲はどこから生まれるのか 本来的にあるものと捉えてよいのではないか。 東日本大震災のの時に世界中から援助があり、他者に対する慈しみの気持ちで満ちていた。危機的状況により顕著に発現したと思われます。 ・瞑想で慈悲に気づく ・「智慧(ちえ)」=瞑想によって得られる気づき 「名色の分離」や「縁起」の発見なども含まれる ・仏教の二本柱「智慧」と「慈悲」 ・「四諦八正道」には仏教の二本柱「智慧」と「慈悲」が既にそなわっていた。 「四諦」この世のことわりを説いたもの 集諦→苦諦 欲望があるから苦しみが生まれる 道諦→滅諦 八正道を実践すれば苦しみのない理想的な状態が生まれる。 ここにも一方的な関係性「縁起」があることが分かります。 このように、「四諦」には瞑想で得られる「智慧」が含まれています。 ・心身の観察によって得られるのは「智慧」の世界で、他者への思いやりの気持ちは「慈悲」(他者との関係性)でその両方が大切であると仏教は考えている。 ・自分に向いての「智慧」と他者へ向いての「慈悲」 ・仏教の大切な「智慧」と「慈悲」という世界が、実は「瞑想」の世界としっかりとつながっている。 【参考映像】心の時代〜宗教・人生〜 めい想でたどる仏教〜心と身体を観察する 第2回「ブッダの教えを継ぐ人々」 初回放送日:2021年5月16日(NHK Eテレ) |
・インドで多様に花開いた瞑想(YouTube) ・ブッダは「瞑想」により悟りを得ました。 ・「ブッダの瞑想」は初期の仏典では「念処(ねんじょ)」という言葉を使って表されています。「念処」とは注意を振り向けてしっかりと把握すること。「ブッダの瞑想」は、行動や感覚を観察の対象として捉え、気づき続けることで、自らの認識の仕組みを把握しようとするものでした。瞑想が仏教に欠かせないものとして受け継がれていく過程で、様々なものが観察の対象となっていきます。 自然現象や、具体的な事物特定の言葉、心の持ちよう、様々なものが観察の対象となっていきます。 ・「清浄道論(しょうじょうどうろん)」5世紀頃の僧 ブッダブッダゴーサが瞑想についてまとめた書 初期は「四念処」=対象は、「身・受・心・法」 「清浄道論(しょうじょうどうろん)」40の観察対象 十遍 :地 水 火 風 青 黄 赤 白 光明 虚空 十不浄 :膨張、青瘀、膿爛、断壊、食残、散乱、斬斫離散、血塗、蟲聚、骸骨 十隨念 :仏、法、僧、戒、捨、天、死、身至、安般、寂止 四梵住 :慈 悲 喜 捨 四無色界:空無辺処、識無辺処、無所有処、非想非非想処 食厭想 : 界分別 : ※自然現象、具体的な事物、特定の言葉、心の持ちよう、様々なものが観察の対象 「十遍(じゅへん)」、「遍処(へんじょ)」 10個のものをあげて観察の対象にして集中をして、やがてそれが私たちの身の回りに満ちていると、観察していく。 最初の「地」は「大地」なんですけれとも地が遍満している。 「地遍処(ぢへんじょ)」とは地が、身の回りに満ちていると、心の中で繰り返し唱え集中する瞑想です。現在東南アジアなどでは、土で作った円盤を目の前に置いて行います。円盤を見つめ「地 地 地」と唱えていると…。たとえ円盤を取り除いても脳裏に焼き付いて、地があふれているように感じるといいます。 <「地遍処」地が満ちるとは> ・自分の頭の中を、その土の円盤でいっぱいにするということですか? ・基本的には自分の頭の中だと思うんですけれども、それが私たちの見えている世界に遍満(へんまん=いっぱいに満ちている)していると。例えば家の中とか、それから町の中とか、あるいは宇宙までに広がるような感じで、遍満しているというふうに観察をしていくと書かれています。 ・それをいっぱいにするとどうなるんですか? ・私たちは何か一つのものに集中していると、他の働きが起きなくなってきますので、それを進めていきますと、やがて、私たちの心が静まっている状態に入っていきます。一つのものに集中して他の働きが起きないように心を訓練していると思います。 ・次をみていくと、膨張したり、青くなったり、爛(ただ)れたり、膿(う)んだり。 これは、私たちの身体が亡くなってしまったあと、死体になりますが、死体が腐敗する過程を観察の対象としています。 ・死体を観察する「十不浄」 そこに挙げられましたものを数えて頂きますと、全部で10個ありますので「十不浄」という名前で呼ばれます。これは、日本にも平安時代に伝わっていまして、その時には十ではなくて九つで出てきまして、「九相図(くそうず)」という名前で呼ばれる死体が腐敗していくさまを、絵に描いたものが存在しますが、その元になったものがこの十不浄です。 ・人が死ぬとその身体はやがて膨張し腐敗しバラバラになって、最後には、骨となり自然に返っていきます。死体の変化を直視し、集中することで、修行者たちは、人間の体にまつわる一つの真理に気づきます。 ・身体が執着の対象ではない、ということをこれでもかというぐらいに、納得させるためのものだったと思います。 ・美しくなっている人も、富んでいる人も、現世では、いろいろ皆さん形をを持つわけですが、行きつく先は骨だぞと。 ・これは、もう万人に共通しているところで、「私たちの身体に執着する必要はない」ということを、確認させていると思います。現在の東南アジアのタイランドの仏教者の中にも、この不浄觀は特に若いお坊さんたちに修習を進めることが多いと。それは、何故かというと、異性に対する欲望を抑えてくれるからだというふうに出てきます。 ・変化していく様子を見ていくということなんですね。きっと一日では起きないから、ずっと通って眺めて言うという感じなんですかね。これは。 ・これはインド等の古代におきましては、村から離れた山の中とかに、あまり言葉遣いはよくありませんが、死体捨て場みたいなところがありまして、そこの所に行きましたら、亡くなったばかりの遺体から、腐敗が進んでいる白骨(びゃっこつ)になっているものとか、いろりろなものに、接することができたんだと思います。そのような場所に行って観察をする時に、いろいろな注意も出されていまして、例えば、人間の遺体が腐敗していくということは、においも大変になってしまいますので、風上の方にいなさいとか、結構いろいろと細かい注意をしながら観察する、というのが伝えられています。 興味深いのは、もともとは自分の身体を中心にして観察していると思いますが、やがて自分の外に存在するものも、観察の対象にしているのだと思います。 ・山登りでいうと、この一点に上がるんだけど、結構いろんな登り方があって、仏様のころは、ここからだよと言っていたのが、ぱーっと40個ぐらい出てくるけれども、でも、みんな目指すところは大体同じところを目指している、そういう感じですかね。 ・そうですね。手段は少し違うけれど、目指している世界は一緒で、恐らく、様々な工夫を認めていたと思われます。実際に、別のものを使ってやっていてみても、同じような境地に到達できたというような、そういう体験が背景にあって、いろいろなものがその観察の対象として、認められていくようになったのではないかと。 ・「十隨念(じゅうずいねん)」とは? ・こちらは、「念」という言葉が使われていますが、私たちが心の中に抱く概念的なもの、それを集中の対象として使ていきます。一番最初に登場いたします「仏隨念(ぶつずいねん):仏の名前に集中する」というものがありますが、これはあの「清浄道論」の時代には、「名号(みようごう)」といいますが、10種類の尊敬のための名称がありました。仏は人間の師であるとか、よく討議をしている人であるとか、あるいは世の中の尊敬するものであるとかというので、「仏の十号(ぶつのじゅごう)仏に対する10の敬称」といわれるんですけれども、この仏(ぶつ)の十号を一つ一つ、心の中で確認していくというり方が出てきます。言葉も集中していく対象として使えると気がついたのだと思います。言葉を対象にして使うというのは、後に東アジア世界の方に伝っていきますと、これは、いわゆる念仏とかの名号になっていくんだと思います。私たちに身近な言葉としては、「称名念仏(しょうみょうねんぶつ)」という言葉がありますが、その称名念仏につながっていくのが、この隨念の修習だったと思います。 ・「仏隨念」では、仏に対する10の称号を心の中で一つずつ繰り返し集中します。言葉を観察の対象とする瞑想です。最初、心の中で念じられていた言葉は、後に口に出して唱えられるようになります。「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」など私たちにもなじみ深い念仏は、こうした言葉を手掛かりにする瞑想をルーツの一つとしています。仏教の瞑想は、時代や文化に合わせてさまざまに形を変えていきました。 ・インド北部のラダック地方、密教を信仰する地域です。密教は5世紀頃、仏教に土着の宗教が影響して生まれました。密教の僧は「真言(しんごん)」と呼ばれる呪術的な言葉を声に出して繰り返します。儀式では、集団で仏の名前を口にします。尊い言葉に集中するのが、密教の瞑想です。ブッダが一人行った心身の観察とは一見異なる密教の瞑想。しかしここにも観察の対象を定め注意を振り向けるというブッダの瞑想が確かに受け継がれています。 ・マイク・パウエルさんという幅跳びで世界記録を持っている方が、幅跳びをする前に、ずっと「ぶつぶつ、ぶつぶつ」話をするんですね。一回、実際に会ったことがあり、何を話しているか聞いたら、「僕はできるんだ」とか、決まった言葉をいっていて、それは、本人曰く、自分を信じさせてるというよりも、そう言っておいた方が、頭の中でジャンプのイメージが描きやすいらしいんですよ。選手がプレーする前は、頭の中でその動きをずっと繰り返すんです。頭の中で、なんですけど、ちょっと余白があって、それだけやってても、観客の声が聞こえたりとかするたびに「頑張れよ」って言われて、急にシュッとプレッシャーが上がってきて、「これ失敗ジャンプだったらどうしようか」とか、そういうのがどんどん起きてくるんですけど、それを何かシャットアウトするための「ぶつぶつ」だったというふうに言っていて、なにか、もうちょっと、わかりやすい話かと思いました。「自分はやれるんだ」って言って、自分を信じさせるために話してるかと思ったら、どっちかというと体の内側で音を出して、外から情報が入ってい来ないようにすることで、動きを頭の中で、イメージを描く、ということをいっていて、そういうことはあったのかなという気はします。 <観察対象は多彩に 現代の瞑想> ・さまざまな観察対象があっていい、ということでしょうか? ・そうですね。これはいろいろ新しいものが出来ています。20世紀になってから新しくできた瞑想のやり方というものがありまして、タイで発案されたようですが、手の動きを観察するというのが存在しています。今、手を動かす瞑想で「手動瞑想」という名前で呼ばれています。 ・まず、(指を開いた右の)手を膝の上に置きます。(その)手を(軽く握って)一回膝の上で立てまして(握りを縦にして)、それを上(胸の高さ)に持っていきます。上に持ってきたここ(胸の高さ)のところで、(手をパーにして)ちょっと手の動きを、止まったところを気づいてください。その次に、今度おなかの所に持っていきます。(おへその上に手を当てます)おなかに行ったところでこう気づいてください。同じように左手を胸のところへ持っていって、膝の上におとして、…。これだけの動作ですが、要点は、じいっと観察するのではなくて要所要所だけを気づけばいいです。慣れてくると、いろんなことを考えたりしますが、それも全然かまいません。あっ、考えてるな。でも、いいや、OKという感じで流して手放していくと。 ・全身ピタッと止まっていないと瞑想じゃないというイメージがありました。動きながらでも、こういうのであれば、やったことがあるような気がします。同じ動きをずっと繰り返していく時に我々(アスリート)の場合は、どこか局所的な筋肉を意識するんですけど、そこに向けてずっと考えながら続けていくとか。 ・一つのものを対象にして気づいていくと他の働きが起きにくくなってきますので、本当に集中力がついてくるんですよね。 ・すっきりしますね。そればっかり、それだけのことを考えるんで。 <多様化する瞑想 多様化する仏教> ・瞑想を通じて「苦しみから逃れる道」を説き続けたブッダは80歳で亡くなります。思いを継いだ弟子たちはブッダの教え「仏教」を、多くの人に伝えようと、インド各地に歩み出ました。教えを伝える主体となったのは出家者の集団「サンガ」でした。サンガが各地に広まるとともに、瞑想するのに欠かせない規則「戒律(かいりつ)」にも地域ごとの違いが生じていきます。 <ブッダが入滅(にゅうめつ)したあと>(49頁) 初 第一結集 (紀元前4世紀頃) 期 ↓ 仏 第二結集 経 ↓ 根本分裂 (ブッダ入滅後100年後) 部 ↓ ↓ 派 経上座部 大衆部 仏 ↓ ↓ ↓ 経 説一切有部 大乗仏教 (紀元前1世紀頃) ・戒律にある塩の取扱いが原因?塩は一日を超えて保存できるか否か。 ・入滅から100年後「根本分裂」→「上座部(じょうざぶ):保守派」・「大衆部(だいしゅぶ):改革派」 ・最終的には20の部派が存在 ・説一切有部(せついっさいうぶ)→東南アジア ・大乗仏教(紀元前1世紀頃) →東アジア 「誰でも悟りを得られる」と説く。部派仏教に対する問題提起 <大乗仏教の「空(くう)」の捉え方>「縁起」=双方向の関係性 ・大乗仏教の瞑想・・・「空」を強調 「空」=「物事には実体がない」 ・「家」は柱や屋根がお互いに関係しあって成り立っている。柱はもともと材木、・・・ ・「空」という言葉は大乗仏教よりも前の初期の仏典に記されています。当初その意味は、「あるべきところにあるべきものがない」、です。例えば象や馬がいない小屋は「空」、つまり空っぽだということです。 大乗仏教では「空」の捉え方が変わります。この小屋自体も「実体のないもの」とされます。 どういうことか家の例で見てみましょう。私たちが「家」と呼ぶものは、分解してみれば、柱や屋根、壁などの集合体です。つまり、家とは、柱や屋根など、それぞれが関わりあうことで現れたものにすぎず、固定的な実体はないと考えるのです。 ・竜樹(りゅうじゅ:ナーガールジュナ)(南インド) 私たちの世界を説明する原理としても「空」というのが使われるようになります。私たちの身の回りに存在している事物も実体として存在しているものではない、と捉えるようになっていきます。「空」という考え方と、「縁起」という考え方を両方使っているんですけれども、世の中に存在しているものはすべて「空」である。それは何故かというと、「縁起」によって成立しているものだから、という説明がされるようになってくる。 <「空」 = 「双方向の縁起」> 竜樹は2世紀頃活躍した僧侶です。彼の下で大乗仏教は多くの信者を獲得します。人々を惹きつけたのが、竜樹が掲げた「すべてのものは空である」という思想です。竜樹が説く「空」に欠かせないのが「縁起」の概念です。「縁起」は物事の関係性を示します。この「縁起」は心身を観察するブッダの瞑想によって見出されました。ある事物が存在するから、それを観察する意識が生じる。観察する対象がなくなれば意識も消える。当初、「縁起」は先に観察される対象があり、そのあとに認識が生まれるという一方向の関係性を表していました。(しかし)大乗仏教の時代、竜樹によって「縁起」の概念は捉え直されます。一方向の関係性だけを意味していた「縁起」を双方向のものとしたのです。先ほど見た「家」。「空」では、家は固定的な実体のないものとされます。家が存在するのは柱や屋根、壁が互いに関わりあうからです。この双方向の関係性「縁起」があらゆる物事を成り立たせると、竜樹は主張します。「双方向の縁起」で世界を見てみると、人と人、人と自然、全ては結びつき影響しあっています。関係性がなければすべての存在が成立たない。これを「すべてのものは空である」と竜樹は言いました。 ・すべてが存在しているのは、関連性ということが強調されてきますから、ある意味で自分と他者の区別みたいなものも、そんなに気にしなくてっていうんでしょうかね、一つのものとして考えていくということが、可能になってくるんではないかなあと思います。 ・まあ、柱があって、畳があって、その畳の中を見ていくと井草があって、その中に入っていくと、どんどん分子とか粒子の世界に入って、多分そこまで入っていくと、今度は、畳と、外の空気の境目もなくなってくるという。多分、何かずうっと観察して、ミクロの世界に入っていくと、境目があやふやになったところから、かえってくると、この、そもそも実体、ここに、クリアに自分と自分以外があるというのが、何か、怪しくなってきます。そんな感じかなという気がするんですけれども。「空」という前提があると、仏教はどう変わっていたのでしょうか? ・「一切のものは空である」という言い方が出てきますので、こだわる必要がなくなってきます。つまり、物事には何か、固定普遍の実態というものは、存在しない、というように見ていくとある意味で、非常にこだわりがなくなっていきますし、楽になってい行きます。 ・例えばタイムをもっと縮めて良くしようとか、もっと跳ぼうとかいうことも、何か、溶け出してきてというようなことなんですか? ・多分、オリンピックに出たいと思っても、オリンピックがあることの間の縁起ですね、という話だと思います。オリンピックがないとあなたの欲望もないですね、という、全てがそういう相互関係にあるので。タイムを縮めるということも、目標があるから縮めたいと、いろんなものが溶け出していって、一体、まあ、何か自分が向かう方向って何だろうかという感じになるんじゃないかという気がします。 ・そうなると、どこへ向かっていけばいいのかということが、戸惑いが出てこないかと思いますが。 ・個人的には、そこがすべての苦しみのスタート地点のような気がしていて、「何かに向かわなきゃいけない」みたいなものを解体していくために「空」が働いた、という気がします。 ・今の存在しているものに対いして執着する必要もなければ、それを追い求めていかなければならないというようなことも、ないようになっていくところがあります。そういう意味で「空」であるからこそ、安心できるところがあるのではないでしょうか。 ・「空」に気づく瞑想 「空」に関わる瞑想は、「空観(くうがん)」という言葉で表現されます。「一切は空である」というふうに観察していくというやり方が紹介されています。具体的には、心の中で「一切は空である」と確認していく、というやり方であったと推測しています。もう一つ考えられるのは、「入息出息(にっそくじゅっそく)」などを観察して、あらゆるものが生じては滅すると気づくのも「空に気づく瞑想」といえます。 |
・「空」に気づいていくとどうなるのでしょう? ・そこから、私たちの持っている「慈悲」が、きちんと出てくると考えられます。ある意味で「自他の区別がなくなる」ということだと思いますので、そういう世界は、区別だてをしない世界。仏教の場合には区別だてすることを「分別(ふんべつ)」といいますが、「分別のない世界をきちんととらえることができる」、それを「無分別智(むふんべつち)」といいますが、自分も世界であり、世界も自分であると。そういう感覚になっていくと思います。隣人は別人と考えますが、実はつながった存在であるということができます。そこから生じてく感覚的なもの、これが多分、慈しみや哀れみの世界つながっていくと思います。 ・家の例えでいえば、梁(はり)が存在するためには柱が支えていなければいけないという関係だと思います。世の中全部が縁起しているということは、先生と僕の間にも何かの支えあいの関係があって、片方が取り除かれると片方が倒れるから、全部が相互に必要としあっていますね、みたいな感じで、慈悲がたちあがってくると思います。全部個別に分けていくと、1個取り除いても大丈夫かなという気になりますけど、実はすべてがつながってバランスするから、見えないけど何かがつながっているというのを、ことばではこうなんだけど、多分体験的にそれを知って、そこに何か境目がないっていうか、関係があるんだっていうのに気づいていくんじゃないかという気がします。それが「縁起」と「空」のことなのかなという・・・。 ・一つひとつのものに実体のない世界では自他の区別もありません。あなたや私が存在することは互いの関わり合いがあるから。そうした縁起の世界に生きていると気づいた時、自然と湧き上がってくるのが慈悲です。慈悲の「慈」は慈しみ。人々に幸福を与えたいと思う心。「悲」は哀れみ。人々の苦しみを取り除きたいと願う心です。 ・大乗仏教は「空の世界」を強調し、それが「慈悲の世界」につながって多くの人を悟りの世界に渡していく。 ・「菩薩(ぼさつ)」:慈悲の世界でそれを実践する人 ・コーチングのコーチ:支えあう伴奏者(指導者ではない) ・「四梵住(しぼんじゅう)」「四無量心(しむりょうしん)」=慈悲喜捨(じひきしゃ) ・「四梵住」で気づく慈悲 「慈悲の瞑想」自己自身、身近な人、そのほかの人たちが幸せでありますよう。 ・まだ生まれていないものたちも幸せであれ、と願う。 【参考映像】心の時代〜宗教・人生〜 めい想でたどる仏教〜心と身体を観察する 第3回「多様化する瞑想」 初回放送日:2021年6月20日(NHK Eテレ) 第4回 中国文化との融合・インドで始まった仏教の瞑想は中国でどう変化した?(YouTube) <仏教瞑想> 佛光山法水寺(群馬県渋川市) 台湾に総本山のある臨済宗の寺院です。 ここでは中国で育まれた仏教の様式に触れることができます。 「阿弥陀仏」 僧たちは仏の名を繰り返しています。 中国仏教では、木魚やかねに合わせて歌うように念じます。 念仏の調子をゆるやかに変化させながら心を静めていく。 中国仏教の瞑想です。 ブッダを悟りに導いた瞑想は、中国に伝わり、多様な文化と混じり合うことで大きく展開します。 それは、やがて日本に伝来し「日本仏教」の原型を築きました。 今回は、中国の人々の心をとらえ広まった仏教瞑想の歩みをたどります。 <仏教で連想するもの> ・今、私たちが仏教という言葉を聞いて連想するものは、だいたい中国仏教から継承している。(仏教が)中国に入ってきますと、中国の文化、歴史に影響されて仏教の存在の形態を少しずつ変えていった。 <歴史> ・2,500年前、インドで生まれた仏教は1世紀半ば頃、中国へもたらされます。仏教の瞑想はインドとは異なる文化を持つ中国で、大きく変容します。 ・もともと「仏教の瞑想」は、ブッダが生きるうえでの悩みや苦しみから逃れる道を探してたどりついたものでした。「ブッダの瞑想」は、初期の仏典では「念処(ねんじょ)」という言葉で表されています。 「念処」とは、「ある対象に注意を振り向けしっかりと把握すること」、例えば呼吸する時の身体の動きや、五感に刺激を受けた時の心の働きなどに気づき観察します。自らの認識の仕組みを把握し、心が勝手に苦しみを生み出したり増幅させたりしないようにするのが、「仏教の瞑想」です。 仏教がインドで興った初期には、瞑想は、静かな場所で一人で集中して行うものでした。 ・(中国 普陀山)儀式の映像(略) それが中国に入ってどのように変わったかというと…。 ・経典の文章を歌うように読むというのが中国で始まってきます。これは最初期にやはり教えの中身そのものを、理解するのが大変だったみたいでして、それで経典を歌うように読むことが行われていたと推測されています。それが現在までに部分的に継承されていると思われます。 ・歌うような感じで、心の働きを、一つのものに結び付けていくような意味もあると思います。 ・実際にやっていることは一つのことに専心していますので、瞑想のうちの一つと考えてよいと思います。 ・だいぶ華やかになりましたね。 ・基本的にはシルクロードを通じてインドに成立した仏教が中国に入ってきます。この仏教が中国社会の中に根づいていって大きな影響を与えていきます。実際に、中国で大きなお寺さんが造られていきます。 <「お寺」の語源> 一説には、後漢の時代に外交をつかさどる役所「鴻臚寺(こうろじ)」に外国のお坊さんが留め置かれた。そこからお坊さんのいるところが「寺」と呼ばれるようになった。 「苦しみから逃れる道」である仏教の瞑想が、中国に入り、姿を変えたのは、なぜなのか。仏教を最初に中国に伝えたのは「インドや西域で出家した僧たち」です。彼らの布教活動は一筋縄ではいきませんでした。 <仏教以前の中国の思想> ・実際には、中国に既にいろいろな思想が存在していいました。紀元前に「諸子百家(しょしひゃっか):春秋戦国時代の思想家や集団「儒教」や「老荘思想」などにつながった」、様々なことを主張される方が存在していました。 ・その中で「儒教」が一つ大きな流れを作っていくと。儒教の中に伝わっている資料ですが、「四書五経」がありますが、そのうちの「詩経」に出てくるお話に「山にはにれの木がある 沢には栗の木がある 家の中には鐘や太鼓が置いてある それを使って楽しまなければ 死んだら人のものになってしまう」という言い方があり、楽しみましょうという、そういう感覚が結構強かったのではないかと推定されています。 ・とても現世的、生きているうちが華だという感じですか? ・はい。現実の世界を大事にして、過度な享楽は戒めるけれども今を楽しむことを大事にしようという考え方、と思われます。 <理惑論(りわくろん)> ・南北朝時代の資料ですが、「理惑論」という資料の中に、異国の地の仏教者、お坊さんたちは一枚の着物をまとって、そして、日に一回だけ食事をしていると。それで、戒律を守って禁欲的な生活をしているけれども、それがいったい何になるんだ、という非常に厳しい批判が、中国側から出されていますので、恐らく受け入れれるまでには大変な苦労があったと思います。 ・仏教は異国の宗教として最初は非常に小さな集団として始まっていく。そこから、現在では、中国の三大宗教の一つという言い方がされるのようなところまで、展開していきます。なぜそこまで仏教が大きくなったのか、これから見ていきます。 <なぜ仏教は受け入れられたのか> ・異国でどのように広まっていったのか、その謎を解くために、今回は中国で、この瞑想を広めていった、三人のキーパーソンを紹介します。 中国で仏教を広めたキーパーソン<仏教を紹介> ・安世高(あんせいこう)パルティア出身(安息国 古代イラン)(2世紀ごろ) インドに伝わった仏教の教えを中国語に翻訳した最初期の人物。瞑想修行に関する経典を後漢の初期に翻訳。 <仏教をまとめる> ・智(ちぎ)天台宗の祖(538-598)=「天台大師 智」 「天台小止観」一般向けに仏教瞑想のエッセンスを解説したもの = 瞑想修行のための指南書(初心者向け瞑想のガイドブック) <仏教を浸透させる> ・菩提達磨(ぼだいだるま)(禅宗の祖)(6世紀前半ごろ) 洛陽(らくよう)の郊外の嵩山少林寺(すうざんしょうりんじ)に入り9年間壁に向かって座禅をした。 あまりにもずうっと座禅をしていて、手と足がなくなったという逸話が、今日の「だるま」に。 安世高が翻訳した経典『安般守意経』(あんぱんしゅいきょう) =「呼吸などをしっかりと把握する瞑想の経典」の意 「安般」= 入る息 出る息 「守意」= 心を一つのものにとどめる ≒ ブッダの瞑想(念処) 注意を振り向けしっかりと把握する(念処)の翻訳 <老荘思想と「守意」> ・「守意」は老荘思想の大切な言葉「守一(しゅいつ)」を連想させる。 <老荘思想「道(タオ)」> 「道」は世界が始まる前の状態。 姿かたちはなく絶対的で、普遍的なものとされます。 「道」から世界が生まれる時最初に生じるのが「一」(いち)。万物の礎です。 一を守ることすなわち「守一」を中国の人は重んじていました。 安世高は仏教に欠かせない瞑想を伝える際、 この尊い言葉「守一」を 音や見た目で連想させる「守意」を使いました。 最初に用いた訳語が、人々に敬意や親しみをもって受け入れられたことが、のちに中国で仏教が広まっていく確かな足がかりとなりました。 道可道、非常道。名可名、非常名。無名、天地之始。有名、萬物之母。故常無欲以觀其妙、常有欲以觀其徼。此兩者同出而異名、同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門。 道の道とすべきは、常の道に非ず。名の名とすべきは、常の名に非ず。名無きは天地の始め、名有るは万物の母。故に、常に欲なくして以てその妙(深遠な根源世界)を観、常に欲有りてその徼(明らかな現象世界)を観る。この両者は同じきより出でて而も名を異にす。同じきをくこれを玄(奥深い神秘)と謂う。玄のまた玄、衆妙の門。— 『老子』第一章(注)老子、蜂屋邦夫訳『老子』岩波文庫、2015年、12頁 『老子』では、世間で普通に「道」と言われているような道は本当の道ではないとして否定し、目に見える現象世界を超えた根源世界、天地万物が現れた神秘の世界に目を向ける。「道」は超越的で人間にはとらえがたいものだが、天地万物を生じるという偉大な働きをし、気という形で天地万物の中に普遍的に内在している。出典(Wikipedia) ¥道¥無為自然 ・なぜ「儒教」ではなく「老荘思想」だったのか 儒教思想は現実世界の人間関係を大事にする教えとして展開してきます。処世術・政治思想といってもいいと思います。 しかし政治の思想は時と場合によっては争いが起きて、例えば敵に攻められて町全体が焼かれてしまえば何も残らなくなってしまう。そういう考え方に対して、変わらない何かを求める思想運動が起きる。これが実は老荘思想です。 老荘思想の中では「根源的な何か」が、わたしたちの見ている世界の向こう側に存在していると考え、それを「道」という言葉で表現した、と考えられます。 真実を求めてくところが仏教が求めるものと共通すると考えられた。老荘思想の方に仏教の言葉を翻訳するときに、そこから借りたんだと思います。 ・なぜ仏教の思想を翻訳したのか 安世高の出自みたいなものも王様の家に生まれて、しかし、若くして父である王様が亡くなっていしまい、そこで感じたものがあるんだと思われます。悩みや苦しみを超えていくための道を故郷にいる時に既に学んでいた。 恐らく、それは地域を超えて、時代を超えて共通するものではないかと思いますので、それを中国の世界に伝えようと考えたと思われます。ですので、仏教にとって重要な瞑想の具体的なノウハウを最初に伝え、中国の人たちにとって身近なものとして、受け止めてもらえるようにしたいということではないかと思います。そしてブッダに対する強い「信」があったものと考えられます。 「天台小止観」の分かりやすさ*「天台小止観」(78頁) ブッダの観察対象 = 四念処 ・観察対象に注意を振り向け把握する「念処」 「身」「受」「心」「法」 身念処 = 音自体や、それを知覚する体の部位を意識する 受念処 = その音が、心地よいか、不快かなど、刺激を受け、最初に生ずる感覚を観察する 心念処 = さらにそこから心に生まれた喜怒哀楽などの感情を把握する 法念処 = 瞑想をしていてそわそわしたり眠気や疑念にさいなまれたりする心の働きなどを観察する ブッダの観察対象 =四念処 → 天台小止観 「身」 「受」「心」「法」 ↓ ↓ りゃくえん たいきょう 「歴縁」 「対境」 身体の行動 心の働き 智はおおむね「からだ」と「こころ」に分けた。 ※正確に語ろうとすると複雑で膨大になってしまう。 「シンプルにした表現をすると人の身体が動き出しというのを見つけるのがよいコーチ(為末)」 ・智は中国伝統の「気」を瞑想の中に取り込んだ。 「気」は、イメージではなく、実際に存在すると、そういうふうにとらえ、私たちの身体の内部も、私たちの外側も、流れるように存在している「何か」であって、それは訓練をしていけばきちっとつかまえられるようになると。呼吸と連動して確認するものであると、説明されている。 ・実際に、仏教が持っている呼吸の観察、「入る息」と「出る息」を見るというのが一番基本であるが、「気」の練習の時には、その呼吸を吸うときに、足元から何かが上がってくるのを感じながら、そうして上の方まで、こう上げていく、そして今度は息を吐いていく時に、上の方に上がった何かを下の方に下げていく、こういう呼吸法をする。 ・心は一つの対象に「気の流れ」に結びついている。心の働き、落ち着いていく感じがします。中国の人たちに受け入れられることを考えていたようである。禅宗などにもこの考え方は引き継がれていく。 禅 <菩提達磨><「禅:ディヤーナ」=「心が静まった状態」> 「禅」はサンスクリット語の「ディヤーナ」からきた言葉で「心が静まった状態」を指します。インド出身とされる菩提達磨は禅を中国で発展させ、坐禅などを重視する新たな集団「禅宗」を打ち立てます。 禅宗の最大の特徴は、瞑想を実践する際、中国の文化を積極的に取り入れたことでした。 一番最初に、中国の人たちの中に現実を大事にするそういう傾向が見てとれるのではないかという話をしましたけれど、まさに現実を肯定的に捉えていくような発想が、初期の禅宗の文献から感じられるところがあります。その現世肯定の一つの表れだと思いますが、「見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」というオリジナルな考え方が出てきます。 「見性成仏」とは、最初に人間、私たち自身の本性をはっきりと見てとることが大事、そのあとで修行をしていく、というようなことを考えていたのではないかと。時代によって解釈が変わったりもする。 「本性を見る」とは、私たち自身が実は仏(悟った人)にほかならない、ということに気が付くこと。 「本性」というのは、実は私たち、「己自身が仏にほかならない」ということだというふうにいわれています。 *「本来本法性、天然自性身(ほんらいほんぽつしょう、てんねんじしょうしん)」 本来みな仏の心を具え、生まれながらにして仏の身をもっている。 ¥迷っている仏が人であり、迷いのない人が仏である。 *「一切衆生、悉有仏性(いっさいしゅじょう しつうぶっしょう)」 一切衆生、悉(ことごと)く仏性有り「衆生がすべて仏となる可能性を有している」 「仏になる可能性」=「自性清浄心(じしょうしょうじょうしん)」 ・衆生の心は本来、生まれつき清浄であるが、ただ客塵(きゃくじん)である煩悩によって汚されている。 (注)角田泰隆「NHK宗教の時間「道元『正法眼蔵』をよむ」NHK出版、2021年、35頁 ・自分自身をきちんと肯定的に捉えていく、まず最初に、自己自身が仏(悟った人)にほかならない、否定すべき対象ではないとつかまえたうえで修行していく、というようなことを意識しているのではないかと思います。 「もともと仏である」という考え方から出発していきますので、自分自身が、もう、そのまんまで仏でいいんだよっていうですね、そこのところをきちんと踏まえたうえで修行もしていきましょうと。 実際に修行をしながら、それに気が付くということも考えてはいるんですけれども、まず「見性(けんしょう)」をすることが大事だと禅宗門のなかで主張していく。 「見性成仏」を説く禅宗では、初めに「自分は必ず悟りを得られる。何故ならば仏たる性質がそなわっているから」と自らを肯定します。瞑想は悟りを得られることを自覚したうえで、その道筋を確認するように実践してくものと捉えられたのです。 世界の根源になるものが存在している。それが「道」である。 「道」が展開してこの世界ができあがっている。 その世界のなかに、実は私たちも含まれているわけです。 私たちもある意味で「道」が変化した存在であるというふうに考えていくと、自己自身は否定すべき対象ではなく肯定的に捉えていくものに変わると思います。 「本来的に私たちは仏なんだ」と気付くというのは、現実を肯定的に考える中国の人たちにとってすごくマッチするものだった。 |
・「見性成仏」に気付く瞑想 見性成仏を実際どのようにして、体得するのか。 そのために禅宗の人たちは坐禅とかを行いますが、臨済宗で使われているのは「公案」といわれる、論理的には意味をなさないような文書を修行者に出して瞑想に用いる。それに参究せよと。 有名なのは「仏とは何か」という質問に対して「麻三斤(まさんぎん)」というものがあります。 「麻三斤」というのは麻、三斤というのは重さの単位ですのでだいたい2Kgだと言われてます。ですので「仏とは何か」と聞かれて「麻三斤」というふうに答える。これも気が付くような内容は、「あっ、自分自身が仏(悟った人)なんだ」っていうふうに気付くことなんです。 どんな論理関係があるのかというのは、おそらく、唐の時代ぐらいまではお坊さんたちが出家するときには、衣を、自分でつくらなければいけなかったそうです。その衣を作るための布の量が大体三斤。ですから質問に対して「仏とは何か」と言われて、麻布2Kgっていうふうに答える文書。なんでだろうと考えていくうちに、「麻布2Kg」は出家をしたときに衣を作るために必要な量だと。そうすると、これはその麻三斤で作られた衣を着てる人が仏なのかと。あっ、私もその衣を着ている。あっなんだ自分自身のことじゃないか。こういうふうに気付いてもらうために作られた、工夫の問題だったじゃないかといわれるんです。 唐の時代に作られた公案は「自分自身が仏にほかならない」と気付かせるためにに作られた工夫だと言われている。これは、実際には答を探して一生懸命考えていくわけですから、一つのものに集中していく、そういう点では修行にもなっていく。一つのものを考え続けていくことで心の働きを静めていき、ほかのものが起きない、そういう状況に入っていく。ですから、とても面白い工夫だと思います。 自分自身を肯定したうえで悟りと向かう「見性成仏」の理念は、中国の人々を禅宗へと引き寄せ仏教の急拡大をもたらしました。 信者や寺院が増える中、瞑想の実践に欠かせない「戒律」も、中国の文化を積極的に取り込んだものとなっていきます。 ・「清規(しんぎ)」にみる中国文化の影響 禅宗では、戒律に新たなものを付け加えるようになってきた。 それを「清規」という名で呼んでいます。 「清規」の中でも実は儀礼的なものを結構規定しています。 この「儀礼」というのは東アジア世界の特徴でして、儒教は一定の行動様式を要請する。 たとえは、作務(さむ)と言ったりするんですけれども、日常のお掃除だとか、これが作務(労働)が仏道修行の一つとして位置づけられる。私たちの身近なところでは食事をする時に話をしてはいけないと。そういう細かいところまで規定されていくようのものができるんです。 実際に、儀礼的なものが行われるようになるとさ、行事が華やかになっていくようになり、たくさんのお坊さんたちが一緒になって礼拝(らいはい)をしているというのを、見たと思うですけど、あのようなことも、実は、中国の儀礼を大事にするというところからきています。 これが今、私たち日本で仏教に接する時に様々な行事、お正月の修正会(しゅしょうえ)から修二会(しゅにえ)とか、あるいは、「お盆」だとか、「お葬式」とかいろんなものが、かなり儀礼的に行われているのを見ることがあると思いますが、これは中国で出来上がった仏教の影響です。 現在の東アジア世界の仏教を見ても、多くの人が関心を持って実践しているのは「念仏」と「禅」です。圧倒的多数の方は禅宗のお坊さんとして今存在してます。 本当に社会の中に浸透させることができたのは、菩提達磨の偉業であり、この菩提達磨の流れが、現在まで生き延びているといえます。 第5回 日本仏教の誕生<日本仏教の開祖> (103頁)
・奈良時代 南都六宗(なんとろくしゅう) 唐からもたらされた6つの宗派。後世の宗派とは異なり、研究学派の性格が強い。 法相宗(ほっそうしゅう)、華厳宗(けごんしゅう)、律宗(りつしゅう) 以下、現存しない 三論宗(さんろんしゅう)、成実宗(じょうじつしゅう)、倶舎宗(くしゃしゅう) ・平安時代 天台宗 最澄(さいちょう:767-822) 唐の天台山に学び、比叡山延暦寺を開いた。延暦寺は大乗仏教の拠点となる。 真言宗 空海(くうかい:774-835) 弘法大師とも。最澄と同時期に唐で学び、高野山に密教修行の道場、金剛峯寺(こんごうぶじ)を開いた。 ・鎌倉時代 <浄土系> 浄土宗 法然(ほうねん:1133-1212) 専修念仏(せんしゅうねんぶつ:ひたすら念仏を唱える)を提唱し、浄土信仰を広める。 浄土真宗 親鸞(しんらん:1173-1262) 法然の弟子。他力本願の教えが民衆の支持を得て一派となった。 <禅宗> 臨済宗 栄西(えいさい:1141-1215) 宋から最新の臨済禅を持ち帰り、日本の禅宗の基礎を築く。 曹洞宗 道元(どうげん:1200-1253) 宋で曹洞禅を学び、帰国後に永平寺(えいへいじ)を開く。 *黄檗宗(江戸時代)江戸時代初期に来日した隠元隆g(いんげん りゅうき:1592 - 1673年) 本山は、隠元の開いた京都府宇治市の黄檗山(おうばくさん)萬福寺。(wikipedia) * 日蓮宗(法華宗) 日蓮(にちれん:1222-1282) 「南無妙法蓮華経」の題目を唱え、『法華経』の信仰を説いた。 時宗 一遍(いっぺん:1239-1289) 全国を遊行(ゆぎょう)して民衆に踊(おど)り念仏を勧めた。 <「最澄」と「空海」> ・仏教瞑想を平安時代に日本にもたらしたのは「最澄(さいちょう)」と「空海(くうかい)」です。二人は同じ年に中国に派遣されます。荒波を超え唐を目指したのは多彩な仏教文化を学ぶためでした。先にたどり着いたのは最澄。中国の人々の間で広まっていた天台宗を学びそこで実践されていた瞑想を日本に持ち帰りました。その瞑想は最澄が開いた比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)で今も行われています。常行三昧(じょうぎょうざんまい)です。仏の名を唱えながらゆっくりとお堂の中を歩き、動作や声、呼吸に注意を振り向けます。横になることも許されない修行は90日間続きます。 一方、空海は当時最新の宗派であった密教を習得。紀伊半島の山中に真言宗の拠点を築きます。(高野山金剛峯寺)密教では言葉で表現できない仏の教えを体験を通じて伝承してきました。東京都内にある真福寺(しんぷくじ:真言宗智山派 総本山智積院 別院)では、密教独自の瞑想法を一般の人も体験することができます。「阿字観(あじかん)」と呼ばれるこの瞑想。観察の対象は「阿」という文字です。 ・「阿」は全てのものの源を表す梵字で、「大日如来」仏様を象徴する文字です。例えば、赤ちゃんが生まれたときに最初に出す言葉が「阿」です。息をすって「あーあー」と泣くような声が「阿」の音です。「あびらうんけん、あびらうんけん、あびらうんけん」。「阿」という文字に象徴される仏様と自分自身が一体であるというの観じて頂く瞑想法ございます。(智山教化センター所員中嶋亮順 談) ・日本の僧たちは中国で体験した瞑想を、仏教に欠かせないものとして捉えていました。仏教はブッダの瞑想から始まりました。2,500年前のインドで起こり中国へ、そして日本にもたらされると独自の発展を遂げます。 ・日本仏教の特徴とは?(YouTube) (日本仏教の変遷) 仏教の日本伝来は6世紀。朝鮮半島からいくつもの小さな仏像が渡ってきました。光り輝く異国の仏像を初めて目にして、人々は畏敬の念を抱きます。古来森羅万象に神々を見出してきた日本の人々は、仏像にも呪術的な力を感じ八百万(やおよろず)の神の一つとして受け入れました。8世紀奈良時代になると日本の仏教は大きく転換します。国の統治に仏教が生かされるようになったのです。奈良の東大寺。聖武(しょうむ)天皇が全国に置いた国分寺の総本山です。天皇は仏教を広めることで社会を安定させようとしました。仏教は時の政権と結びつき、国を一つの共同体としてまとめる上で大きな力となっていきます。 <日本仏教の特徴>体制と仏教の一体化 @共同体のための宗教 A学問としての仏教 「法会(ほうえ)」経典のを講説する場 「学解(がくげ)」仏教を学問的・理論的に理解、を重視 <平安末期〜鎌倉時代>混乱の世 <遁世(とんぜい)>国家の権威や仏教界における名声や利益からはなれること <戒定慧(かいじょうえ)>仏教本来の教え 「戒め」を守り、「禅定」(瞑想)を行い、「智慧」を得る ・遁世の僧たちが元に返るかたちで、戒めを守り、禅定を行い、智慧を得る、これを戒定慧(かいじょうえ)といいますが、この3つを重視する運動を起こしていった。 ・それが追い求められるようになった背景には、平安末期から鎌倉時代にかけて続いた世の乱れがありました。貴族の力が衰え、武士が台頭。各地で反乱を起こします。追い打ちをかけるように飢饉(ききん)や疫病、災害が人々を襲います。世の中に不安がまん延する中、人々は遁世の僧たちに救いを求めました。既存の権力から離れ民衆の中に身を置く彼らが目指したのが、「戒定慧」の復興でした。仏教の本来の教えこそが人々を苦しみから救う。そのことを広めようと遁世の僧たちによって、日本仏教を代表する宗派が次々に誕生します。浄土宗を法然(ほうねん)、浄土真宗を親鸞(しんらん)が開きます。禅宗では栄西(ようさい)と道元(どうげん)。日蓮(にちれん)は日蓮宗を起こします。これらは後に鎌倉仏教と呼ばれるようになりました。
・浄土系:阿弥陀様を正面に据えた教義 法然上人→浄土宗、親鸞聖人→浄土真宗 ・禅宗:坐禅の実践によって悟りの世界に入っていくという主張 ・日蓮:唱題の実践によって悟りの世界に入っていけると主張 <問題の発生> ・各宗派の教義理解を絶対とし、他を排除する傾向が少しずつ生まれてくる。教理を中心に考えると、優劣の問題が生じる。そうではなくして「行」=瞑想(心の観察)実際の修行、これは瞑想と言い換えてもいいと思いますが、瞑想の部分に立ち返って考えていけば乗り越えることができるのではないか、と思います。 <鎌倉仏教「行」瞑想の世界> ・「行」は心身の観察ですが、何か一つのものに専心する、あるいはいろいろなものを見る、の二つに分かれる。戯論を抑えていくという観点から見ると(各宗派)共通のものを見ることができる。 <ブッダが発見した苦しみが生まれる仕組み「戯論(けろん)」> 飛んできた矢、これが体に当たると・・・ 本来、受け取るのは矢が触れたという、体の感覚だけです。 しかし、その認識がきっかけとなり 第二の矢が放たれます。 すると、心は、どんどん動いて怒りや悲しみが生まれます。 「誰だ! ふざけるな!」 このように、心が拡張することを「戯論」といいます。 この戯論を、瞑想によって抑え、悩み、苦しみから逃れるのが、ブッダが開いた仏教です。 禅宗の瞑想(曹洞宗・臨済宗)曹洞宗の開祖「道元」 心意識の運転を停(と)め、念想観の測量を止めて作仏を図ることなかれ。 道元「普勧坐禅儀」より
普勧坐禅儀:道元がどう禅のやり方をするのがよいのかというのを記した資料 ・「心意識の運転」を停め、私たちの心の働きをとどめて、やめて、「念想観の測量」を止め、何か、こうだとかああだとかというような感じで、判断をしている感じがするので、この二つの言葉から、恐らくは心の働きを静めていくというのと、私たちがあれこれと何かものを考えたりとか、判断していく、その「戯論」の働きを静めていくということをやめて、「作仏(さぶつ)を図ることなかれ」というのは、仏になるぞと思うこと自体が私たちの心の戯論の働きであるから、それをやめていくのが必要であるということを述べているんだと思います。道元さんも、そういう意味では仏教の大事な点を、しっかりと受け止めていたんだと思います。 ・曹洞宗では、只管打座(ただひたすらに坐禅すること)で今は行われている。 現在、曹洞宗では、実際に坐禅をする時は、雑念が生じても、それを眺めていればいいんだという言い方をする方がいます。これは、確かにそのとおりで、心に生じてきたものを、一つ一つ気づいていますが、それを眺めているというふうに表現しています。 ・臨済宗の瞑想 公案・看話禅とは | 片手の音を聞く(YouTube) 臨済宗では、公案をもちいた禅を行う。公案を心のなかに抱き続ける対象として使うようになった。 公案とは、どのようなものか? <片手の音を聞け!> 白隠禅師の公案 → 隻手音声(せきしゅおんじょう) 両手を打ち合わせると、音がする、では片手ではどんな音がするか。 *(固定観念を捨て、「空」になれ)答えはありません。 ・これは、考えているときの気持ちを捕まえることが大事である。自分の心がどのように動いているかというのをつかまえやすくなると白隠は考えたようである。全力で答えのない答えを探しに行こうとすればよいのである。答そのものが大事なのではなく、答を導き出そうとしていることを気づいていくことが大切なのである。 「公案」というものの大きな意義は、坐禅しているときにもその問題に集中するし、坐禅が終わってもこの問題は離れないものですから、それこそ、歩いていても、そして食事をしていても、もうずうっとそのことに心が向いているわけです。「わざと追い詰められるという状況をつくる」のです。追い詰められて、自分の今まで蓄えてきた経験だとか、知識、思い、自信、プライド、そういうものが全部、太刀打ちできなくなってしまう、思い込みや知識の集積でない、「本当の生き生きした自己に目覚めるという体験」は、やっぱり追い詰められたから出るんですね。 もうこの問題を解決しなければ、自分はもう生きることもできないんだっていうぐらいの気持ちで取り組むと、生涯生きるに値する大きなものは得られます。 (臨済宗円覚寺派大本山「円覚寺」横田南嶺(よこたなんれい)管長談) |
修行僧は一日に幾度か、自分の考えた答えを老師に伝えなければなりません。これを「参禅(さんぜん)」といいます。 鐘がなると、その時がやってきます。 老師と一対一で向き合います。老師が静かにうなずいた時には次の公案が授けられます。答えが浅く、修行が足りないと判断されると、鈴をならされます。 再び同じ公案に取り組み参禅を繰り返すのです。 答えを得ようとするほどざわつく心。それでもひたすら向き合い続けます。 精神的に苦しみながら、自分の弱さとか、自分の醜さをさらけ出す修業ですから、それは本人がもがいて苦しんでそして自分で立ち上がるしかないんです。 そして、それは手を貸すことは、私どもはもう不親切だっていいましてね、よく例えで言うんですけれども、タケノコなんか伸びてるところ見ませんかしらね。 あれは、ちょうど伸びてきたところに手を触れるとね、まっすぐ伸びないのと一緒似たような話でございまして、もう、冷徹なようかもしれませんけれども、 でも人間は唯一必ずそれを与えられた課題を乗り越えていける力を皆もっている。それだけは信じています。 私も先代の管長のおそばにずっと修行させていただいて、一応全部やったということになっているんですけども、でも、その時に(先代の老師に)言われたのは、「これが本当の始まりである」と言われた。それは終わりでなくして、これから本当の修行が始まるんだと言われましてね、今我々が生存している世代では経験したことのないような、この感染症の拡大で、じゃあどうやったらいいのか、もうその一つ一つは常に新しい問題ですよね。 だから、まあ、ゴールはないと思ってやっていますね。(横田南嶺(よこたなんれい)管長談) ・終わることのない己との対話、それが臨済宗の行です。 法華経(妙法蓮華経)・日蓮宗 行の世界 | 南無妙法蓮華経と瞑想の関係とは(YouTube) 日蓮は、ブッダ晩年の教え「法華経(ほけきょう)」こそが真実であると人々に説きました。 その題目「妙法蓮華経」に帰依するという意味の「南無」を付けたのが「南無妙法蓮華経」。 「この7文字を唱えるだけで救われる」。 それが最も大切なことだと日蓮は言いました。 日蓮宗の行 唱題。 「南無妙法蓮華経」と声に出し心を振り向けることで、瞑想へとつながっていきます。 ゆっくり唱えるというのが瞑想の意味を持っている。 ゆっくり唱えることによって、私たちの心の動きが静かになっていくのが分かります。そのような状態になりますと、実は私たちのここが何かを起こした時にも、それをきちんとつかまえることがしやすくなっていきます。そういう意味でお題目を唱えるということは、(唱題は)心の働きを鎮めていく観察とあらゆるものを見ていく観察の両方につながっていく。 今起きていることに気づけるようになれば、戯論が止まる方向に行っている。鳥の声が聞こえてきて「あれは何の鳥だろう」と思ったりするとそれは戯論ですが、鳥の声がきこえているということに、ただ気が付いたというところであれば、戯論がある意味で止まっている、といえる。 何を心掛け唱題するべきか日蓮は弟子にこのように伝えています。 苦しみを苦しみと悟り 楽しみを楽しみと聞き 苦しみも楽しみも 双方ともに思い合わせて 南無妙法蓮華経と唱えてください これはどうして 自ら法を楽しむことでないことが ありましょうか 日蓮「四条金吾殿返事」より
苦しいときには苦しいときづけばよい、という感じです。 これ「苦しみを苦しみと悟り」というふうに表現してますけれども、実際に、今自分自身がどういう状態にあるのかというのをしっかりと確認すること、それをすることが大切だというふうに述べていて、「それと一緒にお題目を唱えなさい」というのが日蓮聖人の教えになってきています。 ブッダの「気づき続けると何故か戯論がおこらず消えていく」ということでしょうか。それを表現している。 その原則をきちっと踏まえている、そういう意味で、日本の仏教もお釈迦さんの教えをしっかりと承継してると言えます。 仏教の伝統の中に、学問と修行の研鑽は大事なものとして車の両輪のようにとらえられてきている。(解行一致) 片方だけでは駄目だよというのはずっと言われてきていますので、そこのところを大事にすべきでしょう。 浄土宗・浄土真宗鎌倉仏教が誕生した背景には、民衆の間に広まった浄土信仰がありました。 平等院鳳凰堂。 ここには当時の人々が思い描いた極楽浄土の姿が表されています。 本尊は、阿弥陀如来。 人が死ぬと阿弥陀如来が迎えに来て極楽浄土へと連れて行ってくれます。死後の極楽浄土に人々がすがったのは、末法の世に対する不安からでした。 末法とは、 ブッダの教えだけが残り 修業する者も悟りを得る者もいなくなる ことを意味します。 末法はブッダの入滅から2,000年たったころから始まり、世界は苦しみに覆われると伝承されていました。 日本でその時代に入るのは平安末期。以降鎌倉時代にかけて、戦乱や天変地異が相次ぐ現実は末法の世そのものでした。 現世をあきらめた人々の間に、来世の極楽浄土を約束してくれる阿弥陀如来への信仰が流行します。 そうした中で阿弥陀様の力「他力(阿弥陀如来の慈悲のはたらき)」に全てをお任せすれば、救われると主張したのが、法然の浄土宗その弟子親鸞(しんらん)の浄土真宗です。 浄土系の教義は自力で悟りを目指す従来の仏像とは一見全く異なります。にもかかわらず貴族から貧しい人々まで広く信仰されました。それは何故だったのでしょうか。
<親鸞は念仏は、感謝のために唱えるとした> 「他力には義なきをもって義とす」と、・・・(中略) 義といふは行者の各々のはからふこころなり。 このゆえに各々のはからふこころをもたるほどをば自力といふなり。 よくよくこの自力のやうをこころうべしことなり。 親鸞「尊号真像銘文 末」より(そんごうしんぞうめいもん)
その大事なことは「はからう心」がないことだと。こうゆうことをすれば悟りの世界にあるいは極楽に行けるとか、あれこれと自分なりの考え方を巡らしていくことが、「はからう心」になるのだが、これを別の観点から見ると、「はからう心」は戯論の働きそのものではないかということになる。 ですから、「信じること」にって戯論を起こさせない仏教というのが親鸞さんによって、誕生したのではないかなという気がします。 仏教の原点は、実際、生きていると経験する悩み苦しみからいかにして逃れることができるか、である。お釈迦様自身は私たちの心が戯論という働きを持っていて、それが悩み苦しみを作り出しているんだということを、見据えました。それは行の世界として現在の宗派に伝わっています。その「行」の持っている意味を確認できると、その工夫が今の日本仏教の修行の中身なのだというところに、思い至るようになると思います。 ある意味で、日本の仏教もお釈迦様の正当な承継者であると自覚できるようになる。 【参考映像】心の時代〜宗教・人生〜 めい想でたどる仏教〜心と身体を観察する 第5回「日本仏教の誕生」 初回放送日:2021年8月15日(NHK Eテレ) |
仏教。その原点は今から2,500年前ブッダが「苦しみを逃れる道」として見出した「瞑想(めいそう)」にあります。「ブッダの瞑想」は自らの心身を観察することで、苦しみを生み出すのが己の心だと気づき、そこから離れて悟りへと至るものです。仏教が世界へと伝わる中で、瞑想は出家者や一般の人々にも広く実践されるようになりました。 しかし、瞑想には意外な落とし穴があることもわかってきました。6世紀の仏典には「瞑想は心を静めるだけではない」と記されています。 瞑想中に突如生じる煩悩は制御することが難しい 眠れる獅子を起こすがごとく 心の奥に秘めたものが わき出うることを知っていいなければ 瞑想ができないのみならず 闇に堕ちて逃れられないような 最悪の事態を引き起こす 「魔訶止観」より 要旨
煩悩を生じさせたり、逃れられない闇に陥らせたり、瞑想には負の側面があるというのです。今や、日常生活にも取り入れられつつある瞑想。いわば、副反応をも伴う瞑想とどう付き合えばよいのか。仏教の足跡をたどりながら見つめます。 *結跏趺坐(けっかふざ)/半跏趺坐(はんかふざ)/安座(あんざ)/法界定印(ほっかいじょういん) <心を師とすることなかれ> ・瞑想の基本 一番の基本は注意を振り向けてしっかりと把握することですが、実際にそれをやってみようとするとなかなかに最初は難しいと。仏教の言葉の中に、「心の師となるも、心を師とすることなかれ」というのが、出てまいります。私たちは自分が思っている以上に、心が起こした働きに支配されていることを表現した言葉で、もともとはブッダのお説きになられた「ダンマパダ」(法句経:ブッダの言葉をまとめた初期仏典の一つ)の中に出てくる言葉が基ではないかと思います。 瞑想の場合も、心が穏やかになってくるだけではなく、実際には、病とすら呼べるようなマイナスの反応が生じることがあります。さまざまなマイナスの反応が心の中に起きてくることがあります。実際に私たちの心の中に生じてくるマイナスな反応には、どのようなものがあったのか、そのマイナスの反応に対して、どのように対処したらよいのかというものも仏典の中に伝えられていますので、それを見ていきたいと思います。 瞑想で生じるマイナスの反応について詳しく記したのが、6世紀中国で成立した「魔訶止観(まかしかん)」です。天台宗の開祖智(ちぎ)の言葉をまとめたもので、人の心の奥底が瞑想によってあらわになることをこう言い表しています。(120頁) 心はあたかも 速い川の流れのようなもので これに従えば その速いことを知ることはなく これを何かで妨げようとすれば 激しい流れであることを知る 「魔訶止観」の中には、私たちのふだんの心の動きは川の流れのようなものだ、というふうに例えてるところがあります。実際に仏教の瞑想をしますと、その川の流れの中に何か、棒切れを差し込むようなもので、普段と異なることをすることになるんだと。それによって、流れの中に棒切れを差し込みますと水が盛り上がりますので、その水の盛り上がりみたいなものが、私たちの心に起きてくるさまざまな反応だというふうに、例えているんだと考えられます。 ・そうすると棒をわざわざささない方がいいんじゃないかと思ってしまいますが。 ・そうしますと、実は、普段の心の流れに任せていますので、ある意味で、煩悩に身を任せた生活になっていきますから、悩みや苦しみは尽きないと。その悩みや苦しみを解決するためには、心の観察をするをするというのが大事になってくるんですけれども、その時には副反応みたいなもの起きると。それが恐らくマイナスの心の働きとして、しっかりと認識されているということだと思います。そこから初めて、解決の道筋が見えてくるということなんだと思います。 ・マイナスの発想とは「戯論」のようなことですか? ・私たちの心の持っている働き、お釈迦さんの言葉を借りれば、「第二の矢」と表現されたものと思うんですけれども、現在の言葉ですと「心の拡張性」などというふうふうにも表現されます。大乗仏教の中では「戯論(けろん:外界からの刺激をきっかけに次々と心が働きを起こすこと)」という言い方をするんですけれども、私たちは外界の様々な刺激をとらえた後、自動的に私たちのここは動き出して、次から次へといろんな思いがですね生じてきてしまいます。その思いが悪い方向に行きますとまさにマイナスの反応でもあり、私たちを苦しめる悩みや苦しみになったりするんだと思います。私たちの心っていろんな働きを起こすのが、仕事みたいなところがありますので、行き過ぎた反応というのが起きると思うんですけとも、実際には、起きてもよくって、ただそれに支配されないというところが、大事なんだと思います。これが今回のテーマになります、「心の師となるも、心を師とすることなかれ」につながってい行くんだと思います。 実際、修行をしますと、心の中に「新しい回路」ができる。その回路ができてくると普通の日常生活をしていても、それがいざという時に働き出して悩みなどをを起こさなくなる、と考えられています。 ・瞑想中に起こるマイナス反応(摩訶止観)
「魔訶止観」に記された瞑想中に生じる代用的なマイナスの反応です。 「煩悩」は欲望や妄執に心身をわされること。 「思覚」は瞑想中に、あれこれと考えが浮かび止まらなくなる状態。 「業相境」は過去の体験などがふいに思い出され心がとらわれること。 「魔事境」は幻覚のようなものが現れ瞑想の邪魔をすること。 「魔訶止観」にはこうした症状に悩まされた時、どう対処すればよいかが具体的に述べられています。 「治法(じほう)」 煩悩というのは私たちを悩ませる一番身近なものとして、存在していると捉えられていたんだと思います。普通、私たちが生活している時にも、例えば貪り(むさぼり)とか、何かに対する怒りの気持ちとか、愚かさというものがあると思うんですけれども、心身の観察を始めていくとそのようなものが現れてくる。そのようなものが出てきたときに、どのように対峙(たいじ)したらよいかというのを述べているのが「治法」です。面白いのが「治法」の内容が、瞑想者の気質に応じて決まっていることです。独特の考え方だと思いますが、天台大師(智)は人々の気質には大体4つのタイプがあると考えていた。 ・智は瞑想中に生じる煩悩は、人がもともと持っている気質によって決まり、そこから対処法を導き出せると考えました。 <4つの気質に対応する「対治(たいじ)」>(123頁)
<三毒(さんどく)=煩悩の根本>(121頁) @貪欲(とんよく)むさぼり A瞋恚(しんに)怒り B愚痴(ぐち)愚かさ (@+A、@+B、A+B、等分@+A+B) 「摩訶止観」では、人々の気質を、煩悩の代表的な3つの要素を用いて分類しています。 一つ目は「貪欲」タイプ。食欲や色欲など「貪りの気持ち」が強い人です。瞑想中には、例えば、つい好きな人のことを思い悶々としたりします。 2つ目は「瞋恚」タイプ。怒りの気持ちが強い人です。瞑想をしていると他人の横柄な態度など腹立たしく事柄が浮かび、イライラしてしまいます。 3つ目は「愚痴」タイプ。愚かさが強く、見聞きしたことや物事の道理を理解できない人です。瞑想中も頭の中で右往左往しています。 そしてもう一つ。今挙げた3つの要素のどれも等しく持っている人です。「摩訶止観」では「等分」というタイプに分類されました。 ・これらの分類が瞑想の時に大きく影響して出てくる? ・人間の持っている性質、それが心の働きを起こす上で背後で働いていると考えられます。 ・あなたは、どのタイプに当てはまりますか?・・・ <煩悩 気質ごとの対処法> それぞれの煩悩に対する対処法が『摩訶止観』の中に登場してきます。 「貪欲」の強い人に対しては「不浄観」を修するのがよいと出てまいります。人間の身体が腐敗していくさまを目の前にして、自分自身の身体も他社の身体もそのようなものであると、確認していくような観察が「不浄観」です。それ以外にも、例えば爪・髪の毛・皮膚は不浄であるというふうに確認していくのも不浄観です。この不浄観は、私たちの身体に対する欲求を静めていくと考えられ、特に欲求の中でも異性に対する欲求が強い方たちには、これを修するのがよいと出ています。執着の対象になっているものが本質的に見たらどういうものか、確認する感じです。 「瞋恚(しんに)」が強い方に対しては、「慈悲観」を修習するのがよいと出ています。慈悲観の修習として出てくるものは、その相手方に対して、その人が幸せでありますようにと念願すること、そこから始まっていきます。現在の東南アジアで「慈悲の瞑想」といわれるものが存在していて、一切の生きとし生けるものが幸せあれ、のその先に、まだ生まれていないものたちも幸せであれ、というものが出てきます。現在に生存している人たちだけでなく、未来のものたちに対しても、慈しみの気持ちを、ちゃんと抱きなさいということを、述べている箇所があります。 「愚痴」の強い人への対処法。 愚痴の中身は、心理や道理が分からない、そのような人たちに対しては、道理をきちんとわきまえる、そういう練習をさせなさいという感じです。登場してきますのは「十二因縁」というのが存在しています。 <十二因縁>(43頁) ・人間の心と身体の働きを12に分解し、一方通行の因果法則を示したもの。 ↓ 無明:(むみょう)根本にある無知 ↓ 行 :(ぎょう)形成する働き ↓ 識 :(しき)識別する働き ↓ 名色:(みょうしき)名称と形態 肉体と精神 ↓ 六処:(ろくしょ)六つの感覚器官、眼耳鼻舌身意(げんにびぜつしんい) ↓ 触 :(しょく)接触 ↓ 受 :(じゅ)感受作用 ↓ 愛 :(あい)煩悩(ぼんのう) ↓ 取 :(しゅ)執着(しゅうじゃく) ↓ 有 :(う)生存 ↓ 生 :(しょう)生まれること 老死:(ろうし)老いて死ぬこと 「十二因縁」とは仏教が説く真理の一つで、私たちが存在するに至る理(ことわり)を、十二の要素の連鎖で示したものです。愚かさが強い人はこの「十二因縁」を確認します。 「無明」つまり存在の根底にある根源的な無知から、「行」何かを形づくろうとする働きが生じる。その「行」から、「識」物事を見分けようとする識別作用が生じる。 「無明」から始まり、心身の働きが生じて人間の生き死にへとつながっていゆく。この道筋を一つ一つたどることで心を整えます。 ・因果関係を一つ一つ確認する。 ・菩提心を持つこと自体は否定しない。(欲望・戯論との関連) 「等分」→称名念仏・観想念仏 「念仏」を修しなさいということが出てきます。念仏というのは声に出す唱名(しょうみょう)も、仏の姿を観想する「観想念仏」もありましたが、実際に、自分の心の働きを静めて観察していくのに、良い手段の一つですので、それをやることにより「等分」の方たちは、様々なものに対応することができると考えていたようです。 |
・瞑想中に心を惑わす病 「思覚」は思いに反してさまざまなことが頭に浮かぶ状態です。 瞑想中、どんなに心身に意識を向けようとしても、「あの仕事どうしよう」、「おなかすいたなあ」などと、と考えが止まらなくなっていしまいます。そんな時「魔訶止観」が勧めるのが「入息出息観(にゅっそくしゅっそくかん)」。文字通り、呼吸の際の息の出入りを観察する方法です。ブッダの時代から伝わる瞑想の基本ですが、実は、絶え間なく入れ代わる空気の流れを意識し続けるのは、なかなか手間のかかること。呼吸のことで頭をいっぱいにして、あれこれと考える余地をなくすのだといいます。 次は、過去の記憶に悩まされる「業相境」。忘れたい出来事から懐かしい思い出まで、普段は意識しなくても記憶の底に蓄積されてきたものが、不意に現れ心をとらえます。業相境への対処法として紹介されているのが、十乗観法(じゅうじょうかんぽう)と呼ばれる十の瞑想方法です。(133頁) @観不思議境 A発真正菩提心 B善浩安心止観 C破法遍 D識通塞 E道品調適 F対治助開 G知次位 H能安忍 I無法愛 例えば、つらい記憶が湧きあがったら、まずは、「観不思議境」で、人の心はざわめくのが当たり前だと受け止めます。そこから段階を進め「破法遍(はほうへん)」では、言葉という仮のもので、過去を評価しても意味がないことを了解します。最後の「無法愛(むほうあい)」では、そうして到達した境地でさえも手放すのだと確認します。 過去にとらわれてしまう心を受け入れたうえで、そこに執着しないことで心の揺らぎを抑えます。 瞑想中に起こるマイナスの反応、最後は「魔事境」。幻覚のようなものが現れるのだとか。(136頁) ・これは修業の途中で見る人もいるというようの出てまいります。「煩悩境」や「業相境」に比べると「魔事境」を起こす人はそれほど多くないと思いますが、起こすと大変でして、その人の心を壊すというようなことが書かれています。誰でも起こすわけではないようです。実際一人いらっしゃいました。この方は小さいころから瞑想をされていた方なんですが、「ある時から蛇が現れるようになった」というように言っていました。やがて自分で観察をしているとき以外でも、「自分の体に蛇がまとわりついていると感じられるようになった」と言っていまして、確かにこれは、「魔事境」といわれているもの、そのものだと、思ったことがあります。 ・魔事境の中でも特に厄介なのが、突然やってきて、瞑想の邪魔をする「天魔」と呼ばれる鬼たちです。例えば𢟋タ鬼(たいてきき)普段は目に見えない小さな妖怪。体にまとわりついて悪さをします。時媚鬼(じみき)は、十二支の動物の姿で現れ気を引こうとします。蓑輪さんが相談を受けた蛇の幻もこの時媚鬼かもしれません。そして最も恐ろしい魔羅鬼(まらき)。姿は定かではなく、取りつかれると命を落とすこともあるといいます。 ・『魔訶止観』の中に「魔事境」にたいしてどのような対応をするればよいのかが登場します。「𢟋タ鬼(ていてきき)」というのは、昔、夜叉であったというふうに出てきます。ですから「お前を知っているぞ」「お前は夜叉であった」というふうにきちんと把握してあげればいなくなる、消えていくと言っています。それから「時媚鬼(じみき)」。これは、十二支に関係する動物が全部で36種類あるんですけども、どのタイプのものなのかというのをしっかりと把握してあげれば、いなくなるというふうに言っています。 一番厄介なのが「魔羅鬼(まらき)」。それに対しては、まず叱りつけなさいという言葉が出てきます。「何でこんなところに出てくるんだ」みたいな感じで叱りなさいと。で、それでも駄目な時には、つま先から頭の上までしっかりと観察しなさいと。それでも駄目な時には、強い心で拒みなさいというふうに出てきます。 ・これらに共通する何かはありますか。 ・それは、相手の素性を知ろうとしてしっかりと把握すること、ではないかと思います。これはよく考えてみますと、ブッダが述べた「念処(ねんじょ:注意を振り向けしっかりと把握すること)」そのものなのではないかと思います。仏教は、不安を起こす「わからないもの」を観察、把握しようと努めてきた、のではないかと思います。 ・示唆的です。勝手に自分の頭が生み出していることがあります。道を歩いていて向こうのの人が笑顔になっているのを見て、自分が笑われたと思うのは、自分が作り出した幻なんだけど、本当はその人はただ笑っているかもしれないと。よく観察してみたら、ほんとはただ笑っていただけなんだけど、つい幻覚にとらわれてると「ああ、自分が笑われている。なんか自分がおかしいんじゃないか」となっていく。これをちゃんと観察していく。 ・本当には傷つく必要がないもので、心が病んだり、弱くなったり、疲れたりしている。 ・自分の頭が作った物語で傷ついている。その物語の一番根本に行って現実をしっかり観察して、把握しましょう、という話しなんじゃないかな。というのはすごく・・・。 ・おそらくその通りなんだと思います。しっかりと見つめなさいというのは、いろいろな問題というのは、多分私たちの心が作りだいているんですよね。私たちが、そういうふうに、誤ってみていた世界なんだよ、というのをきちんと確認していきなさいと。それを強い心で見ていきなさい、ということを、言おうとしているんだと思います。 ・「魔訶止観」で智は、瞑想を妨げる状況ごとに対応策を一つひとつ解説しました。それとともに、どんな瞑想の病ににも効くいわば、万能薬も紹介しています。 ・智は中国で大乗仏教を広めた方です。 ・智は大乗仏教の中でも、一番最初期に登場してきます「般若経典(はんにゃきょうてん)、それに対する注釈書であります「大智度論(だいちどろん)」、これに基づいて自分の考え方を構築した、と考えられている。実は、大乗仏教の理念に基づきます、万能薬のような対処方法を紹介しています。それが「大一義悉檀(だいいちぎしっだん)」という名前で呼ばれるものです。まあ一言でいえば、「一切は空である」と了解することが解決策になる、と述べています。 ・実は大乗仏教の考え方の一番大切なところは、「一切は条件により成立してきて、仮のもので私たちの前に現れている」、実は実体はないものである。それを「空(くう)」という言葉で表現いたします。私たちが悩んでいる世界も本来は実体がなく、私たちの心が作り上げた世界なんだという了解がありますので、その了解に基づきましてそのように受け止めることで、瞑想を、まあ阻害するマイナスの要因を超えていこうとしたんだと思います。つまり「空(くう)」という道理を知ることですべてのものに打ち勝つことができる、ということを表現しているんだと思います。 ・究極の対処法です。 ・すべてが「空」だと言われれば、いろいろと考えていたものが、これも幻だと思って楽になりますが、分かってはいるけれども、でも湧き上がってくる。これはどうしたらいいんだ、みたいな感じです。 ・先に到達点を示して瞑想で少しづず近づいていく。 ・おそらく、大乗の世界の、まあ一つの特徴なんだと思うんですが、「一切皆空」すべては心が作り出したものという、そういう了解を、まずパンと出して、そこのところを踏まえたうえで、実際に具体的にやっていきましょうという道筋をとったんだと思います。 ・一切は空である。善悪も「空」なのか? とすると、マインドコントロールがしやすい状態になるのでは? 瞑想が、苦しみから解き放たれる力を持っていると同時にそれは、社会からの規範からも解き放ってしまうので、新しい規範をはめてしまうようなことが、出来てしまうのでないかと思いますが。瞑想を扱う時に、このあたりの危険性について仏教はどう答えているのでしょうか。 ・善も悪も、確かに私たちの心が作り出した判断であるところは、認めます。(しかし善悪は)仮のものだけれども現実にちゃんと存在していて、一定の規範として存在しているものに対してはそれを超えないようなところを大事にしていきます。 いろいろなものを手放しながら、でも社会の中ではどうあるべきかを説いているので、そこのとこがある意味歯止めになっていると思われます。 ・瞑想の深い世界に行っても、きちんと社会の中で生きていくのが重要だと説いている。 ・「他者性」みたいなものを「慈悲」というところできちんと担保してる。そこのところが、お釈迦さんの見たところの一番重要なところで、実際に、そういう世界に到達した人がどうあるべきだというのを、きちんと説いてきているんです。そこで説かれているのが「他者性」で「慈悲」なんです。 ・仏教は瞑想という「体験」と通じて教えを伝えてきた。 「瞑想の実践による体験知」この「体験知」為末さんは競技人生の中でふれたのではないか。 <為末さんにとっての「体験知」のきっかけは?> ・体験知のきっかけ(YouTube) ・子供のころから、コーチに「コントロールできないことをやるんじゃない。自分で、いま、今日できることに集中するんだ。それが試合でも大事だし練習でもでも大事なことなんだ」とずっと言われる。それは、そうだと思います。 北京オリンピックの予選の時にけがをしていて、すごい追い込まれたんですが「何でけがして、オレばっかり、もう最後のオリンピックなのに」とか思っていたんですが、ある日、グランドにいてある瞬間に「あ、いまやること、やるしかないじゃないか」と思ったことがあって。考える事とは別の飛躍があって、「腹に落ちた感じ」の。考えるのは積み重ねなんですけど、腹に落ちるのは一瞬なんです。何か雷に打たれたように、「ああそういうことだったんだ」と、小学校からの時の言葉からダーッと全部腑に落ちるという。それがすごく私にとって大きくて。量の質転換みたいな感じです。水が温度が上がっていて、中であったまっていて、ある日瞬間にそれが水蒸気になるみたいな感じです。「伸びない時には地面に根を生やせ」とか言いますが、何かを蓄積していったときに、ある日「質的な転化」がやってくるかもしれない、みたいな、そんな感じです。 ・マインドフルネス瞑想 <仏教は「瞑想」が中心にある> ・「瞑想」自体はパワフルでどのようにも使えるところに仏教が目的を与えて、人を救うためにある、というふうにしたのは、よく理解できました。 ・仏教が身体的に得た知見をどうやって伝えるのか。 スポーツの世界で次に伝達していく時に、一番難しいことです。トレーニングメソッドもトレーニングメニューも知識も全部伝達できますが、この身体で覚えた感覚だけが伝達できません。その中でよく仏教が言葉を使いながら伝えられたというのは、「瞑想」を最後まできちんと守ってい来たのが、大きかったと思います。 ・仏教も体験したもの感じたものを、どのように伝えていくかというのは、一番大変だったと思います。しっかりと注意を振り向けて確認することが、それを可能にしていくんだというのを見つけ出して、それを伝えていくために、言葉を使わざるを得ないという、矛盾したものもしっかりと理解し、次の世代の人たちに残してくださったというのが、仏教の素晴らしいところです。 ・私たちは、私たちの感覚器官を通じて世界を認識して、そこから生じる心の働きに悩み苦しんでしまいますが、それが完全になくなるというふうには仏典の中では書かれていません。そのような様々な働きが生じてもそれをこらえることができるようになる、何とかしてきちんと生きていくことができる、その心に支配されないでそれを超えていくことができる、と述べられています。ですから、まさに「心の師となるも心を師とすることなかれ」ということで、まずは、自分を整えて、そして社会の中でどう活躍できるのか。そこで、出来ることが自分の生きている意味みたいなものを、後で自覚することにつながるのではないかと思います。仏教は、そうしたことを伝えようとしたのではないかと考えています。 【参考映像】心の時代〜宗教・人生〜 めい想でたどる仏教〜心と身体を観察する 第6回「心を師とすることなかれ」 初回放送日:2021年9月21日(NHK Eテレ) 【クレジット】 (credit title) <心の時代〜宗教・人生〜 めい想でたどる仏教〜心と身体を観察する>全6回 講師:蓑輪 顕量(みのわ けんりょう)東京大学大学院教授 僧侶 ききて:為末 大(ためすえ だい)元プロ陸上選手 進行:中條 誠子(なかじょう せいこ)NHKアナウンサー 談話:釈 満潤 臨済宗日本佛光山 総住職C 中嶋 亮順 智山教化センター所員D 横田 南嶺(よこた なんれい)臨済宗円覚寺派管長 花園大学総長D 越川 房子 早稲田大学文学学術院 教授E 今水 寛 東京大学大学院 教授E テーマ音楽:ウォン・ウィンツァン(黄 永燦:Wong WingTsan) サンドアート制作:Kisato(キサト):サンドアートパフォーマー 資料提供:清水洋平@A・国立国会図書館D・東京国立博物館D 取材協力:プラユキ・ナラテボー(Phra Yuki Naradevo)タイ上座部仏教の日本人僧侶B 早稲田大学文学学術院E、東京大学大学院E 撮影協力:臨済宗日本佛光山法水寺C 日蓮宗妙法生寺(みょうほうしょうじ)あじさい寺D 臨済宗円覚寺派大本山円覚寺D 真言宗智山派総本山智積院別院真福寺D 撮影:中島將護@ABCE・相場大輔D 音声:村田萌@ABC・重石泰弘D・田中勇人E 照明:永井日出雄@ABCE・新井豊D 映像技術:舞出清和@・横山良一A・岩崎瞳B・山本育男C・朴天溶D・北村和也E 音響効果:日比康二@BD・田中美穂ACE 編集:行徳美津子 ディレクター:木村優希@AD・浦邉藻琴BCE プロデューサー:首藤圭子 制作統括:諌山法子 制作・著作:NHK © Copyright NHK (Japan Broadcasting Corporation). All rights reserved. 【参考文献】 ・『NHK心の時代 宗教・人生「瞑想でたどる仏教」心と身体を観察する』蓑輪顕量、NHK出版、2021年。 ・別冊6「共生の哲学に向けて ―宗教間の共生の実態と課題―」 2015年3月 東洋大学国際哲学研究センター編 ▶上座仏教と大乗仏教の瞑想―その共通性 蓑輪顕量(PDF資料) ▶MENU Altruism<自利利他> ▶Zen ▶True Self ▶Altruistic |